バークリー音楽大学にてギター講師陣のある意味頂点に君臨していたミック・グッドリックというギタリストがいます。
ジャズ・フュージョン系ギタリストなら知らない人はいないほど有名ですが、一般認知は皆無でしょう。
パット・メセニーの師匠といえばだいたいの立ち位置は想像できると思います。
ジャズ系ギタリストに「ミックに習ったことがある」と言えば驚かれたり、質問攻めにあったりするほど、ただ習うだけでもキャリアとして誇れる、そういう先生です。
2022年、惜しくも亡くなられたらしいです。
さて、そんなミックですが、正直人格者とはほど遠い人物で、頑固、偏屈、皮肉屋、そしてレイシストでした。
彼の人格については音大卒業後20年以上ずーっとモヤモヤしたものを抱えてきたんですが、今回意を決して吐き出しておくことにします。
僕が音大に入学して2学期目にかの911テロが起こりました。
そのときミックのクラスを受けていた友人は、テロ事件直後にレッスンに行くとミックから「Welcome to America!」と言われたそうです。
ようするに、「飛行機がビルに突っ込むテロが起こる国、これがアメリカだ!」というブラックジョークです。
この程度はまだ笑える方です。
僕がミックに習ったのは「ラボ」という形式のクラスで、ギターなら複数のギター科生徒に対し、一人の先生が教えるというものです。
僕がミックのラボを受講したのはたぶん2002年か2003年だったと思います。
ミックの教え方の特徴の一つに<失敗を許さない>というものがあります。
特にロスト(曲を見失うこと)についてはことさら厳しく、一度ある生徒がロストした際ミックはいつもの憮然とした表情で「次ロストしたらお前の指を切り落とすぞ」と言いました。
当該の生徒は震え上がり、教室はとんでもない空気に……
当のミックはあいからわず憮然とした表情でレッスンを続けていました。
本人は冗談のつもりだったんでしょう。
ちなみに、こんなのは日常茶飯事なので騒ぎ立てる生徒は誰もいませんでした。
同ラボには日本人の僕、アジア人二人(二人は同じ国出身、国名は伏せておきます)、あとアメリカ人とヨーロッパ人が数名いました。
アジア人二人は明らかについてこれていない様子でした。
ミックはそんな二人に対しあるとき「お前ら二人ともギターが下手で顔も醜いな」と暴言を吐きました。
明らかなアジア人差別発言です。
このときも教室はとんでもない空気になりましたが、差別を指摘したりミックを非難する生徒は一人もいませんでした。
アジア人二人は下を向いて苦笑いしているだけでした。
アメリカのネット動画で、差別を受けている人がいたら人はどんなリアクションを取るのか?という実験があり、赤の他人なのに差別に対して毅然と指摘したり立ち向かうといったものがありますが、少なくともミックのクラスではそれは起きませんでした。
それどころか、こういったシチュエーションにありがちな『ターゲットが俺じゃなくてよかった』『自分より下手なやつがいて助かった…』という空気が漂っていました。
そして白状すると、僕もそう思っていました。
本来なら僕がするべきことは「ミック!ギターはともかく顔は関係ないだろ!それにあなたはどう考えてもアジア人をターゲットにしているじゃないか?あなたはレイシストか?だとしたら僕はこのクラスを辞める。レイシストにギターは習いたくないからね!」と抵抗の意思を示して毅然とクラスを去ることでした。
しかし、空気に飲まれたのか、せっかく取れたミックのクラスを落としたくないという下心が働いたのか、そんな意思を最後まで示すことは僕にはできませんでした。
一応ミックの名誉のために言っておくと、僕が覚えている問題発言は1学期中上記2件のみで、二人のアジア人もずーっといびり倒されていたわけではなかったと思います。
「指を切るぞ」は何回か聞いた記憶もありますが…
ただ、ミックのレッスンを受けた他の生徒から同じような話を何度も聞いていたので、まあ普通に差別や問題発言は連発していたんでしょう。
20年越しに初めてするこの話の意図は、ミックのレイシズムの告発というよりは、それに抵抗の意思を示せなかったダサい自分への戒めです。
そういう文脈でご理解ください。
一応言っておくと、ミックのギター演奏はラボとあとライブで数回聞きました。
ソロはとてもメロディックで、バッキングはこの世のものとは思えないほど美しく豊かでした。
音源も残っているので興味ある人は聞いてみてください。
いろいろ問題のある人でしたが、ギタリストとしては本当に素晴らしかったです。
同時に、その人格はどうひいき目に見ても褒められるものではありませんでした。