八幡謙介ギター教室in横浜講師のブログ

横浜のギター講師八幡謙介がギターや音楽について綴るブログ。

ミセスグリーンアップルの「コロンブス」MVを差別的だと捉えた思考仮定を書いてみた


八幡謙介ギター教室in横浜

その内容から大炎上したミセスグリーンアップルの「コロンブス」という楽曲のMV。

これを「差別的」とする人と「全然そう見えない」という人がいますが、個人的には前者です。

ではなぜそう判断したのか?どういう思考を経て差別的だと感じたのか、その過程を自己分析してみたいと思います。

ちなみにMVはネットで観られますが公式は消しているのでUPはしません。

前提

まずタイトルが「コロンブス」。

ここからイメージするのは、新大陸発見、好奇心、冒険、あと個人的には先住民虐殺や奴隷化、天然痘をわざと流行らせるなどの蛮行も知っており、アメリカでは再評価したり銅像撤去運動もあるということも理解していました。

こういった蛮行や再評価の機運を知っているかどうかがまずキーになりそうです。

MV冒頭

小さな島に家が建っています。これ自体はまあそういうものだと認識しました。

00:07~

その島の家に中世ヨーロッパ人風のミセスメンバーが怪訝そうな顔で入っていきます。

ここで分かったのが、

 

・メンバーがコロンブスとその仲間

・この島が「新大陸」

 

メンバーはコロンブス、ナポレオン、ベートーベンらしいですが、それはぱっと見では分かりません。

彼らの顔つきから、はじめて訪れる家だということが分かります。

00:16~

コロンブスら三人が家に侵入していくと、なんとそこには類人猿がいました。

個人的にはここで「え?…」と固まりました。

コロンブスたち(MV中の)が到達した島=新大陸、その住民=猿って……大丈夫か???

この時点のイメージ

16秒までで既に、

 

・コロンブス

・未知の島

・上陸

・潜入

・猿の家

 

と描かれており、もうこの時点で「コロンブスが新大陸に上陸したらそこには未開の猿が住んでいた」と理解するしかありません。

ある意味とても簡潔な表現です。

もうこの16秒で視聴者のイメージが固まってしまったといってもいいでしょう。

00:33~

ここで類人猿に人力車を引かせています。

既に猿たちが<未開人>としてイメージできていたので、当然これは「未開人に人力車を引かせている」=奴隷的使役と想像できてしまいます。

「じゃ人力車を引いている人は全員奴隷か?」という意見もあった気がしますが、話の流れが違います。

MVのように、未知の土地にたどり着いたコロンブス一行が民家に潜入したところ、発見した類人猿に人力車を引かせていれば、どうしたって奴隷労働に見えますから……。

あと、直前で類人猿がパーティしていて、次のシーンで人力車を引いているというのも気になります。

仲良くするならなんで一緒に乗り物に乗せてあげなかったのか…このシーンで顔が引きつってきた人は多いのではないでしょうか?

00:34~

ここで、たぶんベートーベンが類人猿にピアノを教えています。

これも人間と類人猿という対比から、どうしても<未開人に文明を教えてやっている>と見えてしまいます。

一応ミセスのために弁解しておくと、ピアノがあるという時点で彼ら(類人猿)がピアノを弾くということが分かり、そこから<類人猿=遅れた野蛮な猿としていない>ということが理解できるのですが、なんせ音楽に乗って一瞬で過ぎていくシーンなのでそこまで考える時間がありません。

また、冒頭からどうしても差別的イメージが連続してきてのピアノシーンなので、流れに引っ張られてこれも差別的に捉えてしまいました。

00:43~

ここからサビ。

ここはさすがに差別的でないだろうと思う人もいるかもしれませんが、個人的には結構きつかったです。

なんでかというと、バンドが演奏しているのに対し、類人猿たちは跳んだりはねたりとなんか野蛮な感じに演出されていますよね。

あと、また人力車引かされているし…

パーティの次のシーンで人力車は二度目です。

これも、「類人猿はパーティしてようが何してようが俺らのために労働させる」という風に受け止めてしまいます。

00:55~

極めつけは記念写真のシーン。

これもよく見るとコロンブス一行はなんかキリっとしているのに対し、類人猿、特に後ろの4人はなんか野蛮な感じのポーズを取っていますよね。

どう考えても<未開人と写真を撮る文明人>です。

1サビまでで十分しんどい

改めてじっくり見ながら分析してみましたが、1サビまでで十分しんどかったです。

もうこっから先見たくありません。

制作側がOKと思った理由

恐らく、類人猿がちゃんとした家に住んでいて、上記したピアノがあったり、家具も綺麗なものを使っていたり、意思疎通ができている様子を描き、音楽を奏でて一緒に楽しんでいる様子を表現していることで「類人猿は野蛮ではない、奴隷ではない」と表現できていると考えたのでしょう。

が、タイトルとその歴史、MVの分かりやすさ、そして強いヴィジュアルイメージが悪い意味で化学反応を起こしてしまい、どうしたって差別を連想させる表現になってしまいました。

ちなみに〝表現”についてはこちらで書いています。

k-yahata.hatenablog.com

連想ゲームの悪い見本

で、この記事を書き終わって改めてもう一度MVを観たんですが、受けた印象はやっぱり同じでした。

強いていえば、「あ、類人猿さん、最初上品にご飯食べてるなあ…」とか、ピアノのシーンで「後ろの棚に本や地球儀があるから文字が読めて、他の文明とか国のことも知ってるんだろうな」とかが分かったぐらいですかね。

それでもやっぱり差別的だという印象は変わりませんでした。

この「コロンブス」のMVは、人に複数のキーワードを一定の時間内に与えると何を想像するかという連想ゲームの悪い見本のようだと思いました。

表現って、本当に恐くて面白いですね……。

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