ギターのテクニックに「チョーキング」があります。
ご存じ弦を押し上げて音程を変える技術です。
実はこれ、英語では「ベンディング」と言います。
ちなみにそれぞれの英語の意味は、
bend=曲げる
choke=窒息させる、詰まらせる
いわゆる「チョーキング」は、真っ直ぐに張られた弦を曲げる作業とも取れるので、chokeよりはbendの方が正しい感じがします。
ではなぜ日本ではchokingと呼ぶのか?
両方の言葉を知っているギタリストなら一度は疑問に思ったことがあるはずです。
個人的には、日本の初期ギタリストの誰かが間違って使いはじめ、それが浸透したんだろうと思っていました。
しかし、それは「ブルースの歴史」を読んで解決しました。
こちらの記述をお読み下さい。
出典:ブルースの歴史P28コットンフィールド・ハラー
ちょっとわかりにくい文章ですが、重要なのは「bend」と「choking」というふたつの表現が出てきていることです(カタカナではありますが、英語のbendとchokingで間違いないでしょう)。
ここではそれぞれを、
bend=音を曲げる
choking=弦を絞る、いわゆる「チョーキング」の動作
と使い分けられています。
まず、ギター用語としての「チョーキング」という言葉は和製英語ではなく、実際に古いブルースマンが使っていた用語だということが分かります。
そしてこのchokingはいわゆる「チョーキング」の動作のことを表した表現で、古くは音程を変化させるbendと別に使われていたようです。
そこからアメリカでは、音程を変化させるという意味のbendが「チョーキング」の動作と合体して、弦を曲げて音程を変化させる一連の動作・効果をbendingと称するようになったようです。
一方、日本ではこのbendとchokingがchokingに統合され、「チョーキング」として現代に伝わっているようです。
さて、ベンディングとチョーキングの違いや、元々両方が存在すること、そして日米でそれぞれベンディング、チョーキングに統合されていったことが分かりました。
ではそもそも誰が日本にbend/chokeを伝えたのか?
考えられるとすれば、
1、bend/chokeの両方が伝わり、後にチョーキングに統合された
2、最初からchokeのみ伝わり、それがチョーキングになった
個人的には2のような気がします。
では、誰が日本に伝えたのか?
意外とラフカディオ・ハーンあたりかもしれません。
以前ご紹介したように、ラフカディオ・ハーンは1876年にオハイオでブルースの研究をしており、黒人を嫁にもらおうとしていたぐらいなので。
彼が来日したのはその後の1890年です。
けっこうあり得る話ではないかと思うので、「日本でチョーキングが使われだした起源はハーン説」を僕の説として推しておきます。
正しくは将来のギター史家の登場を待ちましょう。
もうひとつ疑問があります。
そもそもなんで弦を押し上げることをchoke(締める、窒息させる)と表現するのか?
以下は私見です。
いわゆるチョーキングの動作をすると、しばしば弦が詰まって音が出なくなることがあります。
特にネックが反ったギターだとそうなりがちです。
19世紀末から20世紀初頭のギターは粗悪品も多く、DIYギターを使っている人も大かったとか。
おそらく(いわゆる)チョーキングをすれば多くの場合音が詰まって出なくなってしまったのでしょう。
つまり、いわゆるチョーキングは、古くは弦を押し上げてわざと音を詰まらせる技術だったのだと推察されます。
その後比較的良質なギターが誰でも手に入るようになってくると、チョーキングをしても音が詰まることもなくなり、また電気化によってギターもサステインを獲得できるようになったことで、音を詰まらせる奏法が廃れていき、チョーキングからchoke(詰まる、窒息する)が消えて、音程を変えることだけが残ったのでしょう。
最後に、チョーキングを例にあげて「日本人はすぐトンチンカンな和製英語を作って恥ずかしい…」と嘆く人がいますが(まあ僕もそうでした…)、残念ながらそれは無知故の勘違いです。
そもそもchokingは正しい英語表現として存在していました。
きちんと歴史を紐解けばそれが分かります。
このように、もしかしたらそれぞれの和製英語には、英語圏で失われた言葉や表現が眠っているのかもしれません。
古くは卒塔婆や般若など無数の仏教用語がそうです(仏教用語の語源の多くはサンスクリット語で現在は消失した言語)。
近代の言葉でも和製英語とバカにせず、ちゃんと調べてみると思わぬ発見があるかもしれません。