以前ご紹介した「ブルースの歴史」を読了しました。
結論から言うと、ブルースの勉強をするには間違いなく最良の書であり、これ一冊あればたぶん他読まなくても問題ありません。
今までいろんな音楽書を読んではがっかりしたり首をひねたりしてきましたが、本書は名著が持つ読了後に読者の人間性が変化しているという性質をしっかりと備えていました。
読み終わった瞬間、腹の底から何か不思議なエネルギーがじわじわと湧いてくるような感覚がありました。
これは歴史的な名作を鑑賞したときに起こる現象です。
本書は高いけど間違いなく値段以上の価値はあります。
今後この本を手放すことはまずないでしょう。
では内容をかいつまんでご紹介します。
まず「ブルースの歴史」のどこからどこまでを書いてあるのか。
年代にするとだいたい1860年代初頭(幕末頃)から1980年代までになります。
北部生まれの非奴隷の黒人女性シャーロット・フォーテンが1862年12月14日の日記に自身の心情を「with blue」と書いたことがBluesという言葉の最古の資料のひとつであるというところに始まり、80年代にブルースが若い黒人から見捨てられ、ロシアですら聴かれるグローバルな音楽になったというあたりで結ばれています。
実質は60年代初期ぐらいまでの記述で終わっています。
本書は黒人の境遇に焦点を当てた近代アメリカ史を背景に、ブルースの歴史をたどっています。
アメリカ史そのものについては必要最低限の記述しかありません。
あくまでそれぞれの年代は黒人たちにとってどういう時代だったかが中心であり、そこでブルースはどう発展したかという視点です。
アメリカ史×ブルースという視点を求める人にはやや物足りないかもしれませんが、そこは別書を参照しながら読めばいいでしょう。
前回もちらっと紹介しましたが、客観性に関しては他のどんな歴史研究書と比較しても申し分ありません。
各ブルースマンの評価には主観的な意見もありますが(というか、主観的に書くしかないところは主観的に書いているだけ)、できるだけ抑えて書いているのが読んでいて伝わってき、研究者としての誠実さがうかがえます。
性質上やや黒人に寄り添って書かれてはありますが、白人への憎悪や白人であることの罪悪感は本書には見られません(あくまで本書にそういう態度がないということであり、著者本人がどういう人物かは知らない)。
批判はときどきあるものの客観的に必要な分だけ簡潔になされており、たぶん気にも留めずに読み流してしまうでしょう。
本書には膨大な写真が掲載されており、その量といい質といい、ある種の狂気すら感じるほどです。
いち外国人がよくぞここまで集めたなとほとほと感心します。
ブルースの歴史資料集と捉えてもいいでしょう。
また、本書にはこれでもかというくらいブルースメンの名前が登場します。
ロバート・ジョンソン以前のブルースメンといえば、ブルース好きのミュージシャンですら名前を挙げるのに窮するというのが普通ですが、本書では古のローカルブルースメンの名前が嫌というほど登場します。
その名前をYOUTUBEなどで検索すればだいたい音源がヒットします。
本書はブルースメン検索用資料としても十分すぎる機能を果たします。
本書は良書の例に漏れず、著者のパーソナリティ(人物、意見、思想、政治性etc)についてはほぼ完全に隠されています。
ただ、行間からぼんやりと見えてくるのは、どうやら著者はギターや音楽のたしなみがあるようです。
本書ではギターの奏法の技術的な発展についても詳しく記載されており、ギタリストの僕でも全て納得でき、首を傾げる記述はありませんでした。
ジャズによくある評論家の頭でっかちな本ではありません。
本書はいちおう80年代までの記述がありますが、エリック・クラプトン、スティーヴィー・レイ・ヴォーンはもちろん、フレディ・キングやアルバート・キングですら名前すら出てきません。
かろうじてBBキング、Tボーン・ウォーカー、マディ・ウォーターズ、バディ・ガイあたりがラスト数ページに登場します。
ロバート・ジョンソンもそこまでヒーロー扱いというほどでもなく、さらっと紹介されて終わりです。
そういった意味のしんどさは覚悟しましょう。
ブルースはギターと共に発展してきた音楽です。
その歴史を紐解くということは、ギターの歴史を紐解くのと同じです。
本書ではギターの奏法や楽器の発展、普及にも言及されており、いちギタリストとして興味深く読めました。
スライド奏法の歴史、アコギの普及、ギターDIYの歴史、電気化の流れなどなどが音楽と共に読み解けます。
また、かなり後半にはなりますが、音楽産業の発展の様子も書かれており、音楽史としても興味深い内容です。
1940年代に急速に普及しはじめたレコードに対し、アメリカ音楽家協会会長のジェイムズ・C・ペトリロは「(レコードは)音楽家たちの職場を奪う音楽界の怪獣だ」(P157)と怒号し、協会に所属しているミュージシャンにレコーディング禁止令を出したとか。
少し前の配信、最近のサブスク同様、レコードも普及初期は音楽界の敵と認識されていたというのが面白かったです。
結局リスナーの利便性に押されてしまうところも今と一緒ですね。
本書にひとつだけ不満があるとすれば、歌詞や歌のタイトル、固有名詞、専門用語がカタカナだったり和訳してあることです。
ブルースの歌詞って和訳するとなんかダメなんですよね。
そこは原語と翻訳の両方を掲載してほしかったです。
ブルースメンの名前や歌のタイトルもカタカナだと検索し辛いし、あと音楽用語ってわりと英語なら英語でそのまま使うので、変に訳してあると調子が狂います。
たぶん訳者か編集者、あるいは両方とも音楽をやらない人なのでしょう。
そこは残念。
僕は基本、ギターをやるにあたって本を薦めることはありません。
自分の本ですら生徒さんにも薦めることはないです。
ただ、今回この「ブルースの歴史」を読んで、真面目にギターをやるなら絶対に読んでおいた方がいいと感じました。
僕も過去に戻れるなら中学生ぐらいの自分にプレゼントしたいです。
高い本ですが、ギタリストの座右に一生置いておける本であることは間違いないので、プロギタリストもプロを目指す人も、アマチュアだけど真面目にギターに取り組みたい人もぜひ読んでおきましょう。
ここまで自信を持って人におすすめする音楽書は本当にこれだけです。