1992年発売
WEAミュージック
作詞・作曲:槇原敬之
歌詞のレクチャーをしていると、行間を読む、行間ににじませるという点に苦戦している人が多いように思われます。
そこで今回は行間を読むとはどういう意味かを、槇原敬之氏の「もう恋なんてしない」
を使って解説したいと思います。
君がいないと何にもできないわけじゃないと
ヤカンに火をかけたけど 紅茶のありかがわからない
ほら朝食もつくれたもんね だけどあまり美味しくない
君が作ったのなら文句も 思いっきり言えたのに
(作詞:槇原敬之、以下同)
Aメロです。
この歌詞を読むと、
君がいない
ヤカンに火をかけた
紅茶がどこにあるか分からない
朝食ができた
あんまり美味しくない
君がいないから文句が言えない
という情報が入ってきます。
普通にこれだけでも何が起こっているのかだいたいわかりますが、ストーリーや人物像はまだ理解できません。
君って誰?主人公とはどういう関係?なんで君はいなくなったの?そもそも二人の関係性は?……
それを『わかんねーよ、だって書いてないし』と投げてしまうと非常にもったいないです。
そういった書いてない情報を読み取る方法、それが「行間を読む」です。
それができない人は、いつまでたっても歌詞の意味が分からず、理解が不十分なままとなります。
また、行間が理解できないということは、歌詞を書く側になったとき、行間に情報をにじませることができません。
ということは、深い歌詞が書けないということです。
そこで書き手も読み手(聞き手)も行間を読む訓練が必要となってきます。
君がいないと何にもできないわけじゃないと
この時点で、つい最近まで君がいたということが分かります。
君が離れてしばらく経っていたとしたら、さすがに何もできないということはないでしょう。
では君はどこにいたのか?
主人公のために朝食を作り、紅茶を淹れてくれていたので、同棲していたことは明白です。
その君がいなくなったけど、主人公は「別に俺だって何でも自分でできるよ」とちょっとムキになっています。
ヤカンに火をかけたけど 紅茶のありかがわからない
ムキになって朝食の準備をするため、ヤカンに火をかける主人公……しかし紅茶の場所が分かりません。
紅茶を淹れるという簡単なことすら君に任せて完全に甘えていたことが分かります。
彼女に対してわりと亭主関白だった様子がうかがえます。
ちなみに、90年代はまだまだ「家事は女がするもの」という文化が色濃く残っていました。
ほら朝食もつくれたもんね だけどあまり美味しくない
一応朝食は作れたようですが、紅茶の場所が分からないくらいですから、パンや調味料の場所も分からず、あちこち探しまくったのでしょう。
そしてなんとか自分で朝食が作れた事を心の中で自慢する主人公。
かなり子供っぽい性格です。
彼女は主人公のこういう性格に呆れて出ていったのではないかと想像できます。
君が作ったのなら文句も 思いっきり言えたのに
ここも相当わがままな性格がうかがえます。
実際、君の失敗に対してしょっちゅう文句を言っていたのでしょう。
今でいうモラハラ男です。
また、ここの部分の行間には寂しさがにじんでいます。
それが分かると、冒頭でムキになっているのが寂しさの裏返しであることが分かります。
では、行間を読んだ後で再度Aメロの情報を整理してみましょう。
主人公の性格
子供っぽい
すぐムキになる
亭主関白
他人に甘える
モラハラ気質
朝食がつくれただけで自慢
君
彼女
最近まで同棲していた
主人公のために何でもやってあげていた
主人公の性格に呆れて出ていったっぽい
主人公の感情
君が出ていって寂しく感じている(それを隠すためにムキになって家事をする)
と、全く同じ歌詞からこんなにたくさんの情報が出てきました。
まず、この主人公相当クズですねw
そら彼女も呆れて出ていきます。
でも、寂しさをまぎらわすためにムキになって朝食を作っているところが可愛いです。
そういうところが女性はほっておけないのかもしれません。
このように、行間を読むだけで単なる情報が物語りになり、人物像が浮かび上がり、感情が掴めるようになります。
これだけの情報を持ってこの曲を歌えば、それだけでしっかり感情の入った立体感のある歌が歌えるでしょう。
僕がこのブログで「いい歌が歌いたかったら歌詞を読み込むべし」と言っているのはそういうことです。
また、歌詞を読み込むとは、最低これぐらいの作業のことをいいます。
書いてあることを理解しただけでは、単に日本語を正しく読めただけでしかありません。
その結果歌が薄っぺらくなるのは当然でしょう。
一緒にいるときはきゅうくつに思えるけど
やっと自由を手にいれた 僕はもっと淋しくなった
「君」は主人公にクズで甘えん坊な性格を直してほしくて、相当あれこれ注意していたのでしょう。
そうして一人前になってもらい、同棲するぐらいだからたぶん結婚したかったのでしょう。
しかし、いつまで経っても変わらない主人公に嫌気がさして、捨てたみたいです。
まあ、当然ですね。
それを「自由」と言ってしまう主人公のクズっぷりww
ガミガミ口うるさい彼女が出ていって、ようやく俺は自由を手に入れたぞ!と思ったらもっと淋しくなった……
自業自得です。
改めてちゃんと歌詞を読むと、凄い歌ですね…
90年代でここまでアホな主人公を歌にしているシンガーソングライターは槇原氏ぐらいじゃないでしょうか。
さよならと言った君の気持ちは分からないけど
まず、この主人公、自分が捨てられた理由がまだ分かってません。
たぶん10年ぐらい経たないと分からないでしょう。
まあ男はだいたいそんなもんですが。
いつもより眺めがいい 左にすこしとまどってるよ
この彼女、いつも主人公の左側にいたようですね。
その彼女がいなくなった=左の眺めがよくなったということです。
それに「とまどっている」ので、やっぱり彼女がいなくなって動揺しています。
決して清々しているのではないという点をちゃんと理解しましょう。
もし君にひとつだけ 強がりを言えるのなら
自分がこれから言うことが「強がり」と分かっているということは、それが本心ではないということを自分でも分かっているということです。
この文脈で次の歌詞を理解する必要があります。
もう恋なんてしないなんて 言わないよ絶対
これはさきほど言った「強がり」です。
ということは、本心では「もう恋なんてしない」と思っているということです。
内心は「もう嫌だ!こんな気持ちになるならもう恋なんてしない!」と思っていながら、自分を捨てた彼女に対する最後の強がりとして「君に捨てられたけど僕は全然傷ついてませ~ん!残念でしたぁwww君に捨てられて『もう恋なんてしない』って僕が言うと思った?wwwそんなこと絶対言いませ~ん!!」と言っているのです。
子供かよ……
ここまで読み取ると、本作の主題が浮かび上がってきます。
主題は「男の強がり」です。
2番以降は少し心境が変化していきます。
「男の強がり」という主題を踏まえつつ、ご自分で行間に流れる感情の変化を読み取ってみてください。
以下、僕なりの行間を読むコツをお教えします。
時系列を整理する
まず、時系列を整理すると全体がすっきりとし、俯瞰で見られるようになってきます。
冒頭は彼女が出ていった直後の朝です。
随所にそのヒントがあります。
Bメロはその日の午後か翌日ぐらいでしょうか。
サビは、そこからもう少し経っています。
少し落ち着いて君の気持ちを考えようとしているところや、「左に少しとまどってる」でそれが分かります。
時間の経過がはっきりすれば、そこで発生する感情も自ずから見えてきます。
「てことは?」と突っ込んでいく
歌詞のあらゆる部分に「てことは?」と自分で突っ込んでいきましょう。
「君がいないと何にもできないわけじゃない」
てことは、君がなんでもやってくれていた、君は主人公に対して「私がいないとなんにもできない」と思っていた、そう言った等々
「紅茶のありかがわからない」
てことは、主人公は彼女がいなければ紅茶の場所すらわからないほど彼女に依存し、なんでもやってもらっていた。
「やっと自由を手に入れた」
てことは、彼女といたら不自由に感じていた。
「僕はもっと淋しくなった」
てことは、まだ好き。
本当の感情を探る
歌詞に限らず、人が言葉にしていることは、全て本当の気持ち、本当の感情ではありません。
「大丈夫」は本当は「大丈夫じゃない」だったり、「優しくしないで」は嫌いだからじゃなく好きだからだったり……。
本作の場合、君が作ったのなら文句も 思いっきり言えたのにという部分がそれにあたります。
これは、君に文句がいいたくてイライラしているのではなく、君がいなくなって淋しいという気持ちを表現しています。
このように、字面だけではなくその奥にある本当の感情がわかるとより歌詞を深く理解できるようになります。
ちなみに最後の
本当に本当に君が大好きだったから
もう恋なんてしないなんて 言わないよ絶対
なぜ「大好き」だから「もう恋なんてしないなんて言わない」のか?……
僕なりの答えはありますが、ここでは伏せておきます。
知りたい人はレッスンにて。