八幡謙介ギター教室in横浜講師のブログ

横浜でギター教室を運営するギタリスト八幡謙介が音楽やギターについてつづるブログ

失敗は単なるデータでしかないと考えると行動しやすくなる

サウンドハウス

最近、堀江貴文氏のYOUTUBEチャンネルをよく見ています。

起業を目指す若い子の質問に堀江氏が辛辣なコメントをする一種のエンタメとして非常に面白いのですが、質問のほとんどが「失敗したくない」という文脈で書かれてあって考えさせられます。

というか、なんでそこまで失敗したくないのか僕にはわかりません。

 

そもそも失敗というのは単なるデータに過ぎません。

そして、そのデータを取るために行動しているので、ある意味失敗するために行動していると言ってもいいでしょう。

例えば僕は2015年からピッキング研究をはじめましたが、ある程度方針が見えてくると、わざと間違っているであろうピッキングを一生懸命練習していました。

なぜそんなことをするのかというと、このピッキングを練習したときにどうなるのかというデータが欲しいからです。

結局そのピッキングをしていたら腱鞘炎一歩手前まで腕が疲労したので、そこで「はい、これは間違い」とデータ取りを終了し、一旦腕を休めてまた違うピッキングを練習する、ということを丸3年ぐらいやってました。

その間、二回ぐらいギターが弾けなくなった(弾き方が分からなくなった)ことがありましたが、それもまあどうにか元に戻せました。

そうやって失敗を繰り返してきたおかげで、今ではレッスンでピッキングを教える際、生徒さんの失敗や、ピッキングの微妙な力加減、もっと言うと考え方まで分かるようになりました。

生徒さんから「こうこうこういう風に腕を使っているんですが、これってあってますか?」と細かい質問がきても、だいたい同じことを既にやっているので、経験から答えられます。

すると「こんな細かい質問理解してもらえると思っていなかった」と驚かれます。

そこでひとつ信頼が構築されます。 

このように、失敗とは非常に有効なデータなのです。

それを手に入れようとしないのはもったいない。

ではなぜそうしないのかというと、そもそも行動の目的が成功だと思っている人が多いのでしょう。

確かに成功に向かって行動しますが、それはあくまでゴールであり、行動そのものの目的ではありません。

行動の目的はデータ集めです。

 

だとすれば当然失敗の事例も必要になります。

また、行動した結果のひとつひとつをデータとして客観視することで、いちいち落ち込んだり喜んだりと気持ちに左右されなくなります。

さらに、データというものは少ないより多い方がいいので、データ集めが目的であれば長期間行動を継続しやすくなります。

 

そうしたデータ集めとしての行動という概念がない人は必ず馬鹿にしてきますが、データがそろい、それらを活用できるようになった段階では、絶対に追いつけないほどの差が出ています。

例えば5年間データ集めをした人と、今からデータ集めを始めた人では5年分の差が既にできているので、前者がデータ集めをやめないかぎり後者に一生追いつかれることはありません。

そうして集めたデータは自分の財産となり、それをお金に還元することも可能です。

それも、失敗例の方が自分にも他人にも重宝されます。

僕はそれをなんとなく知っていたので、ピッキング研究ではあえて失敗例をしっかりとやってみることにしました。

今書いている本もその成果のひとつです。

 

こういう風に考えられれば行動しやすくなると思うのですが、ここまで言ってもやはり唯一の成功例を最短距離で駆け抜けたいという人は減らないんでしょうね……。

唯一の成功例を追い求めると、たいていたったひとつの失敗で消えていくんですが…

 

 

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