「1万時間の法則」というものをご存じでしょうか?
どんなジャンルでも1万時間ぐらい練習しないとプロになれない、といった提言です。
誰が言ったか知りませんし、本来の意味も分かりませんが、現在ではこの言葉が一人歩きしているようです。
とりあえず「プロ」と「1万時間の練習」という2点で自分なりに考察してみたいと思います。
さて、1万時間練習するために実際どれくらいの年月がかかるのか、計算してみましょう。
ここでは現実的な状況を想定し、週5日練習に取り組むとします。
- 1日3時間
3×5=週15時間
15×4=月60時間
60×12=年720時間
1万÷720=13.8年
- 1日5時間
5×5=週25時間
25×4=月100時間
100×12=年1200時間
1万÷1200=8.3年
- 1日7時間
7×5=週35時間
35×4=月140時間
140×12=年1680時間
1万÷1680=5.9年
さっと計算するとこんな数字になります。
1日7時間、週5日練習すれば6年程度でプロになれる(プロで活動できる実力がつく?)ということになります。
数字だけみればわりと妥当なラインだと思います。
ただ、ひとつ気になるのがこの「練習」が何を指すのかです。
「練習」とひとくちに言ってもいろいろあります。
実際に楽器を手にし、エクササイズや楽曲の練習をするのも「練習」なら、音楽をじっくり聞くのも「練習」といえますし、理論の勉強や音楽の歴史、アーティストについて勉強することも「練習」と言ってもいいでしょう。
そのトータルを「練習」と言うのか、それともいわゆる楽器の練習だけを「練習」と言うのかでまた1万時間の意味が変わってきます。
楽器の練習は1日3時間しかしないけど、音楽については1日中考え、聴き、起きてる間中ずっと音楽に触れているという人と、音楽には練習も含めてトータルで1日7時間しか触れないという人では伸びしろは全然違ってくるでしょう。
この前者がプロになるまで13年もかかるとは思えないし、後者が6年後にプロになっているという保証もありません。
仮に楽器の練習を1日7時間し、それ以外の時間もずっと音楽に触れている人がいたら、たぶん6年未満で音楽の仕事をしてるでしょう。
少し話を変えましょう、
音大卒の人が「1日12時間毎日練習して当たりまえ。それができないやつはプロになれない」と言っていました。
これ自体は嘘なので信用しなくて結構です。
僕も1日12時間なんて練習したことないし、周りにもそんな人いませんでしたが、立派にプロになっている人はたくさんいます。
そもそも音大に通っていて1日12時間練習することは可能なのでしょうか?
仮に7時起床、12時就寝とします。
起きている時間は17時間です。
食事、風呂、トイレ、その他雑用で1日2時間使うとして、残り15時間。
大学の授業が1日60分3コマまでなら物理的には12時間空くので可能といえば可能です。
しかし、4コマあればもう足りないので睡眠時間を削るしかありません。
まあ1時間ぐらいならどうにでもなるでしょう。
しかし、大学生活において、学校の授業と雑用、食事、そして睡眠以外練習だけして他のことは一切なにもしないということが可能でしょうか?
友達と遊んだり、バンド活動をしたり、飲み会をしたり、恋愛もするでしょう。
それらもやって、授業もちゃんと出て、しかも毎日12時間練習するというのは、どう考えても無理です。
ただ、「練習」を「音楽に触れている全ての時間」と解釈すると現実味が出てきます。
音大なら授業がそもそも「練習」となるし、友達とのバンド活動も「練習」枠に入ります。
音大卒の人が武勇伝のように言う「毎日12時間練習していた」は「毎日朝から晩まで授業もプライベートも音楽漬けだった」と解釈すればすっきりします。
それなら僕も含めて音大に行ってた人の半分ぐらいはそんなもんです。
そこに思い出補正と自慢、武勇伝などの尾ひれがついての「1日12時間練習していた」になったのだと考えていいでしょう。
個人的には、1万時間の法則はまあそんなもんだろうなとは思うけど、考えないほうがいいと思います。
何を1万時間やるかによるし、変に基準をつくるとそこがゴールになったり、やりきっても何も変わらなかったら燃え尽きる可能性があります。
あと、プロになったとしても練習や勉強は終わりません。
それどころか一生かかっても消化しきれない宿題を抱えて苦しみもがく人生となります。
それに比べれば1万時間なんて一瞬の出来事です。
1万時間にすら耐えられない人はプロになってからの無間地獄に耐えられないので、そこでやめといたほうがいいよというのが1万時間の法則の本当の意味なのかもしれません。
たった1万時間程度で何者かになれるとか淡い期待を抱いている人、たった1万時間程度で絶望している人、そういう人は芸道に向いてません。