ジャズのアドリブには独特の進化論があります。
まずキーのスケールかペンタから入って、コードスケールを覚え、コードーンを使えるようになり、ⅡーⅤフレーズが弾けるようになったら一人前……。
こんな流れがあって、しかもそれは不可逆的でないといけないという思い込みまでついてきます。
例えば上記の流れでⅡーⅤまできっちり弾けるようになったとしましょう。
そうすると、なぜかペンタ一発のようなシンプルなフレーズが弾けなくなります。
なぜかというと、シンプルなフレーズを弾くことは退化だと考えてしまうからです。
ⅡーⅤフレーズを弾ける自分が、ⅡーⅤをペンタ一発で弾くなんてありえない、そんなことをしたら下手だと思われる、もっと複雑で高度なフレーズを弾かないと……。
これがアドリブ進化論の末路です。
しかししかし、50年代、60年代のビバップを聴いてみると、シンプルで効果的なフレーズがバンバン出てきます。
有名なところで僕がよく例に出すのは、ソニー・ロリンズのSt. Thomasです。
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この曲のソロでロリンズは、たった2音をモチーフにして見事なソロを展開していきます。
他にもⅡーⅤを無視して豪快に弾く(吹く)場面や、ドレミで美しくチャーミングなソロを展開する場面などがジャズの名演からいくらでも聴き取れます。
「そんなのは半世紀以上前の話。今はそれじゃ時代遅れだ!」と言う人は、まさしくアドリブ進化論に毒されています。
重要なのは新しいかどうかではなく、美しいか(かっこいい)かどうかです。
そして、僕は今のアドリブよりも半世紀以上前の演奏の方が美しく、かっこよく感じるのでそれを規範にしています。
(アドリブ進化論者も、なんだかんだいってそう思ってるはずですが……)
なので生徒さんにもコードトーンやかっちりしたⅡーⅤなどをちゃんと教えつつ、あえてそれをしないでシンプルなフレーズで乗り切る方法のふたつを混ぜるように指導しています。
が、実際やってもらうとシンプルなフレーズが全然出てこず、上記で説明した進化の一番新しいことしか出来ません。
そして弾いてるときの気持ちを聴くと、「こんなシンプルなフレーズだけで大丈夫なのかな?」と不安になり、つい複雑なことに逃げてしまうとおっしゃいます。
その不安、もっと言うと罪悪感の根源がアドリブ進化論です。
アドリブは常に進化しなければならず、自分はその進化の最新状態を出さねばならないという妄想です。
これは単純に無知に由来します。
だからバップの名盤を片っ端から聞き込めば思い込みはいずれ修正されるはずです。
ただし、時間はかかってしまいますが。
僕も「シンプルなフレーズでいいんだ」「ⅡーⅤなんか無視していいんだ」と気づくのにだいぶ時間がかかりました。
アドリブ進化論はそれ自体に説得力を持っているので、あらがうのはかなり難しいのですが、そこから抜け出せたときの爽快感や、そこから見える景色は格別なものがあります。
また、アドリブ進化論から抜け出せたとき、ジャズの巨人たちがほんのチラっとだけ振り向いてくれたかのような感覚が確かにあります。
だから僕は教室で、アドリブ進化論に警戒しながら教えています。