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フュージョンアーティストの衣装がなんでダサいのかを考えてみたら意外なことがわかった

僕はフュージョンという音楽が嫌いです。

一部かっこいいと思うアーティストもいますが、全体としては嫌いです。

なぜかというと、ひとつは技術だけで中身を感じられないから。

もう一つは、衣装がダサいからです。

実は、このふたつは根底でつながっているということがわかりました。

 

ではまず始めに他ジャンルのファッションについて検証してみましょう。

例えば、レゲエという音楽には明確な思想が存在します。

ラスタファリ運動 - Wikipedia

その思想が独特のファッション(ドレッドロック)の元になっていることは、ちょっとかじった人なら御存知でしょう。

また、パンクロックにしろ、メタルにしろ、ヒップホップにしろ、そしてジャズ(60年代前半まで)でさえ、独自のファッションを持ち合わせており、その根幹には何らかの思想(と言えるまで洗練されていないとしても)が必ず存在します。

 

よく思想がなく表面だけで何かをしている人を「ファッション○○」と揶揄したりしますが、よくよく考えてみるとそのファッションは思想や社会運動などから生まれたものだったりします。

また、そうしたファッションは学がなくて思想はきちんと理解できないけど共感はしてるよ、自分はあなたたちの仲間だよ、というサインとしても機能していると思います。

 

さて、フュージョンにはその思想がありません。

フュージョンが何らかの思想や運動から始まったなんて聞いたことがありません。

また、めずらしいことに、後付けでさえ思想が乗っかることもありませんでした。

フュージョンは、反抗の音楽でもなく、チンピラ(punk)の音楽でもなく、持たざる者(黒人、マイノリティ)の音楽でもなく、宗教的背景もありません。

つまり、中身がないのです。

だからスカスカに聞こえてしまいます。

スカスカというのは、技術は凄いけどその奥を探ってみると何も見つからない、という意味です。

そのスカスカな中身が残念な衣装として現れているのでしょう。

 

このように、中身(思想)のなさは、如実に表面(ファッション)に現れます。

パンクならパンクでその思想をきちんと理解し、自分なりに消化している人は、やっぱりパンクファッションを身に纏うでしょう。

それは中身がないのではなく、中身があるからこそのファッションです。

「表面だけを見るな、中身を見ろ」といいますが、じゃあとその中身を探ってみたら何もなく、ファッションだけだと思っていたら意外とルーツがしっかりしていたというケースもあるんだなということを、今回初めて知りました。

そういう意味では、フュージョンには感謝していますw

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