ギター界に存在する謎の概念、「鳴り」。
僕はずっとこれに懐疑的で、以前電子書籍で「鳴りはない」と書いたところなぜか怒り狂う人達が多く湧いてきました。
現在執筆中の「エレキギターの新常識(仮)」にも掲載予定なので、改めて考えをまとめるために一度ここに書いてみたいと思います。
ギターの世界で当たり前のように使われる言葉です。
例えば、
「このギターは鳴る」
「このギターは鳴りがいい/悪い/甘い」
「檄鳴りの個体」
「ネックの鳴り」
「ボディの鳴り」
などなど。
しかし、この「鳴り」という言葉や概念は、聞けば聞くほど意味が分からなくなっていきます。
まず、誰もその実体を説明できる人がいません。
また、人によって定義が全然違います。
プロなら全員「鳴り」が分かるというものでもありません。
いったい「鳴り」とは何なんでしょう?
ではまず最初に、辞書に載っている意味を調べてみましょう。
鳴る
①音が出る。ひびく。
②ある特徴によって、広く知られる。
[慣用]
腕が鳴る。
喉が鳴る。
(大辞林)
②と慣用句は今回は関係ないことが分かります。
<音が出る>はどんな楽器にも共通した現象なのでこれもいわゆる「鳴り」とは違います。
となると、<ひびく>がなんかそれっぽい感じがします。
ではこれも辞書で調べてみましょう。
響く
①音が遠くまで達する。
②ある場所で大きな音や声が発せられて、大きく聞こえる。
③音や声が反響したり共振したりしてはっきりと聞こえる。
④余韻が長く続く。
⑤振動が伝わる。
⑥名声などが世間に広く伝わる。とどろく。
⑦悪い影響を与える。
⑧心に感銘を与える。心にしみる。
⑨ある発言が、やや間違った意味に聞こえる。
⑩とりざたする。騒ぐ。
(大辞林)
こっちはちょっとそれっぽいのがありますね。
ではこの「響く」の意味をギターや楽器に置き換えてみましょう。
①音が遠くまで達する。
音が抜ける。通る音。
②ある場所で大きな音や声が発せられて、大きく聞こえる。
生音が大きい。
③音や声が反響したり共振したりしてはっきりと聞こえる。
音に輪郭がある。音がこもらない、潰れない。
④余韻が長く続く。
サスティンが長い。
⑤振動が伝わる。
弦や木材など個体がよく振動する。
⑥名声などが世間に広く伝わる。とどろく。
楽器としての評判がいい。
⑦悪い影響を与える。
?
⑧心に感銘を与える。心にしみる。
心にしみる音。感動する音。
⑨ある発言が、やや間違った意味に聞こえる。
?
⑩とりざたする。騒ぐ。
?
⑦⑨⑩は不明ですが、それ以外はわりと簡単に楽器やサウンドに当てはまります。
改めて「鳴る」について考えてみましょう。
辞書によると「鳴る」には、「音が出る」「響く」というふたつの意味や概念があります。
ではそれらの違いは?
「音が出る」は単純な物理現象を指しているのだと思われます。
一方「響く」はその物理現象に含まれる性質や、その物理現象が起こす振動、さらにはそこから生まれる心の変化や社会への影響まで含まれているようです。
ここから、どうやらギター界で多用される「鳴り」は、「響き」の概念を使って楽器の質を説明しようとしているということが見えてきます。
そう考えると、「鳴り」という概念の不透明さも説明できます。
ある人は「鳴り」を「音抜け」だといい、ある人は「音の大きさ」、ある人は「振動」、またある人は自分が受ける印象だとし、そのどれも間違いではないけれどすっきりはしない……
じゃあ「鳴り」って物理的な音のことなのかというとそうでもない…
この辺の不透明さは、「鳴り」の語義のひとつである「響き」の概念があまりにも多義的なことに由来します。
「響き」の語義からすると抜けも「鳴り」だし、サスティンも「鳴り」だし、振動も「鳴り」だし、プレイヤーの主観すら「鳴り」になってしまうのです。
しかも、その全ては正解なのです。
そら混乱するわな…
「鳴り」という概念自体がもうなんでもありに近いことから、そこにつけ込む人が現れますします。
まずは楽器屋。
「鳴り」という曖昧かつ多様な概念を殺し文句にして楽器を売ろうとします。
これに関しては楽器店員でも警笛を鳴らす人もいます。
また、通ぶりたい人、マウントを取りたい人がこの「鳴り」をやたらと口にします。
こういう人は中身がないわりに声は大きいので、ただでさえ曖昧な「鳴り」という概念がさらに無駄に多様化して広まってしまいます。
本当に楽器を知っている人、楽器を使いこなしている人はもっと実用的で明快な言葉を使いますが、意外とそっちの意見が届かない、広がらないということが多いようです。
まあ、「鳴り」がどうだと語った方が通っぽいですからね……
「鳴り」という言葉は語義が多く曖昧なため、悪用・乱用がしやすいので、自分が使う場合や誰かが使っている際はよくよく注意するべきでしょう。
で、結局「鳴り」って何なのかというと、
です。
もはやそれぐらいの意味しかありません。
例えばある人があるギターの「鳴り」について語っており、いろいろ聞いているとどうやらそれは「振動」のことらしいと分かってきたら、その人はよく振動するギターをいいギターだと思っており、それを「鳴り」と称していると理解すればいいのです。
一方で、サスティンを「鳴り」として語っている人がいれば、それもそれで正解だから、この人にとってはサスティン=「鳴り」なんだな~と理解しておけばいいでしょう。
少なくとも「鳴り」=「響き」の語義としてはどっちも正解です(さらに正解はもっとある)。
要するに、「鳴り」という唯一絶対の概念はないということです。
最後に、僕個人が今後「鳴り」という概念をどう扱うかを書いておきます。
今まで「鳴り」はないと考えてきましたが、今回考察してみてどうもあると考えてよさそうだと思えました。
ただ、語義が多すぎてどうしてもこれと定義することができないので、僕は今後も「鳴り」という言葉は基本的に使いません。
僕は「鳴り」に該当する概念をもう一段階分解して、抜けは抜け、サスティンはサスティン、楽器から受けるイメージはイメージとして理解し、伝えるようにしていきます。