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「西洋人は騎馬民族だから音楽(リズム)に秀でている」という謎の定説についてちゃんと考えてみた


八幡謙介ギター教室in横浜

音楽を学んでいる人は、一度はこのような説を見聞きしたことがあると思います。

 

「西洋人は騎馬民族(狩猟民族)、一方日本人は農耕民族。西洋の音楽は馬が走るリズムから来ているので西洋人は本質的にそれらに秀でている……」

「西洋人は狩猟民族、馬に乗って狩りをしていた、だからリズムに躍動感がある。一方日本人は農耕民族だからリズム感が悪い」

 

日本人のリズム感の悪さを解説するためによく出される例です。

僕がはじめてこれを聞いたのは、ジャズのアンサンブルのレッスンで、日本人の先生からでした。

たしか18歳頃だったと思います。

そのとき『ん?』と思った記憶がありますが、まだ若かったのできちんと調べたり考えたりはできませんでした。

 

その後アメリカとヨーロッパに住んで音楽を学んだり、実践していましたが、上記の説は一切聞いたことがなく、忘れていました。

そして日本に帰ってくると時々この「馬と音楽」「狩猟・農耕の伝統と音楽」についての説を改めて耳にするようになりました。

どうやらこれは日本人がよく唱える説のようです。

これについて久々に耳にして強烈に違和感を覚えたのでここで答えを出しておきます。

「馬と音楽」についての説

では「馬と音楽」についての説を一度まとめてみましょう。

 

・西洋人は騎馬民族

・西洋人は馬に乗って狩猟をしていた

・日本人は農耕民族(騎馬民族ではないという文脈)

・馬のリズムは3連

・馬のリズムは3拍子

・馬のリズムは西洋音楽のリズム

・日本人はその馬のリズムを持っていない

 

だいたいこんな感じだと思います。

これらについてひとつひとつ論考してみます。

 

西洋人は騎馬民族

そもそもこの「西洋人」ってどの範囲で言っているんでしょう?

一般的な考え方だと北米大陸と西ヨーロッパに住む人々のことだと思われます。

冷静に考えればこの時点でものすごく大雑把な話であることが分かるのですが、とりあえず先に進みます。

 

次に気になるのは、騎馬民族の定義です。

ネットで調べてみると、

 

・馬を多数飼育し、騎馬による移動、戦闘を得意とする

・主に内陸ユーラシアに多い

・スキタイ、匈奴などの「遊牧系騎馬民族」と、女真、満州などの「非遊牧系騎馬民族」がある

騎馬民族(きばみんぞく)とは? 意味や使い方 - コトバンク

 

どこにも「西洋」とは書いていません。

この時点で「西洋人は騎馬民族」という説が間違っていることが分かります。

西洋人は狩猟民族?

まず「狩猟民族」というのは俗語のようですね。

学術的(人類学)には「狩猟採集社会」という定義があるそうです。

また、「狩猟採集社会」は西洋に限定されたものではなく、アフリカなどにも存在します。

 

自然人類学者の長谷川眞理子氏によれば、人類は農耕をはじめるまでは狩猟採集民だったそうです。

10mtv.jp

記事によると、人類の歴史は600万年あり、最後の1万年でやっと農耕と牧畜をはじめたとか。

そう考えると人類みな狩猟民族と言ってもいいような気がします。

やはり「西洋人は狩猟民族」という定義もおかしいことが分かります。

日本人は農耕民族?

では「農耕民族」について考えてみましょう。

確かに日本人は農耕民族だと思われますが、では西洋人は違うのか?

 

これも調べてみると、僕の疑問を分かりやすくまとめたブログがあったのでそちらをご参照ください。

www.jescorp.co.jp

ブログ主の方は、欧米人は純粋な「農耕民族」であり、日本人は「農耕民族」と言うよりは、むしろ「狩猟民族に限りなく近い農耕民族の一種」と言えると結論付けています。

この分野の専門家の方ではなさそうですが、とても説得力のある検証です。

西洋人は日本人より馬に親しんできた?

騎馬民族の定義や、農耕/非農耕民族という点は一度置いておき、西洋人騎馬民族説を唱える人が、「西洋人は日本人よりも馬に親しんできた」と言いたいのだと考えてみましょう。

それでもやはり微妙です。

日本人は1000年以上前から馬に乗って移動したり戦争してますし、騎馬・乗馬文化はかつてよりは縮小したとはいえ、断絶することなく現代にも受け継がれています。

競馬も国民的ギャンブルですし、民族としてもかなり馬好きといえるでしょう。

日本人の馬との関係性が西洋人より浅いとはどうしても思えません。

中には「日本人騎馬民族起源説」(江上波夫)もあるぐらいです。

 

ではここから馬と音楽について検証してみましょう。

 

馬のリズムは3連ではない

馬のリズムは3連と言う人がいますが、違います。

そもそも「馬のリズム」というのがまた曖昧なんですが、恐らく馬が走っているときの「パカラッパカラッ」というリズムのことでしょう。

これは3連ではなく、どちらかというと16分音符です。

譜面にするとこんな感じになります。

仮に3連だとこうなりますが、なんか変ですよね?

馬の走る音を聴いてみると必ず「パカラッ」の「ッ」が入っているように聞こえます。

www.youtube.com

3連が分からない人はこちらを参照。

www.youtube.com

3連が馬が走るリズムと違うことが分かると思います。

馬の走るリズムを音楽的に捉えるとすると、間違いなく16分音符です。

 

馬のリズムは3拍子?

クラシックを題材としたアニメ「青のオーケストラ」最終話で、人気ヴァイオリニストである主人公の父親が「3拍子は馬の歩行のリズムだ。クラシックが生まれた西洋は乗馬文化だからな」と幼い主人公に教えるシーンがありました。

animesuki.hatenadiary.jp

僕はそれを観て『出たww馬とリズムと西洋のやつw』と苦笑いし、ちょっとがっかりしました。

2023年にもなってまだこの説を採用しているのかと……

 

これも検証してみましょう。

馬が歩行する動画を探してみると、ありました。

www.youtube.com

馬の歩行を「並足」と言うそうですが、動画でインストラクターの方はこれを「4節の運動ですね。1234、1234…という感じで」と説明されていました。

はい、3拍子説崩れました。

他にもいくつか動画を観てみたんですが、3拍子を感じられたものはひとつもありませんでした。

やや早足になると「12、12」というリズムが感じられますし、もっと駆け足になると上記で検証したように16分音符が感じられます。

 

アニメの台詞「3拍子は馬の歩行のリズムだ」は、もしかしたら「3拍子は馬の歩行のように軽やかに表現しなさい」ということなのかもしれませんが、だとしたらちょっと言葉足らずですね。

そういうキャラなのかもしれませんが(作中では回想シーンでちょっとずつしか登場しないのでまだはっきりとしたキャラクターも分からない)。

 

いずれにせよ、馬の走る様子そのものから3拍子は感じられません。

3連、3拍子は音楽の根幹ではない

馬のリズムは3連でも3拍子でもありません。

仮に100歩譲ってそうだとし、さらに西洋人が騎馬民族で日本人がそうではないという説を受け入れたとしても、音楽的には「だから何?」としか思えません。

そもそも、3連や3拍子って音楽にとってそこまで根幹をなすものではありません。

好きな曲を頭に浮かべてください。

3拍子の曲がいくつありますか?

10曲中1曲でもあれば多い方でしょう。

ほとんどの人は3拍子の曲なんて普段耳にしません。

アーティスト側も、3拍子の曲なんてアルバムの中の変化球として1曲入れるかどうかで、9割以上は4拍子の曲を採用します。

そちらの方が普遍的にノリやすいからです。

 

また、3連のリズムは音楽において確かに重要で欠かせない要素ではありますが、最重要項目というほどでもありません。

初心者レベルでいうと、むしろ4分音符、8分音符、16分音符をしっかりと認識することのほうがよっぽど重要です。

もう無茶苦茶

さて、ここで改めて例の説を再考してみましょう。

 

・西洋人←曖昧すぎ

・騎馬民族←中央アジアの一部の民族で西洋人は違う

・狩猟民族←西洋以外にもある、そもそも人類は600万年狩猟採集で生きてきた

・農耕民族←西洋人もそう

・馬に親しんできた←西洋だけでない、日本もそう

・馬のリズムは3連←違う

・馬のリズムは3拍子←違う

・馬に親しんできた民族は音楽的に秀でている←だったら日本人もだろ

・3連や3拍子←音楽の根幹ではない

 

と、なんかもう全部違っててとても残念な気分になりました。

ミュージシャンはちゃんと勉強してから自説を唱えよう

改めて「西洋人は騎馬民族だから音楽(リズム)に秀でている」説について考えていると、ミュージシャンの無学さと自虐思考が如実に出ていて恥ずかしくなってきました。

そもそもある民族を「○○民族」だと規定するためには気が遠くなるような勉強とフィールドワークが必要となるはずです。

乗馬や農耕といった文化の歴史を紐解き、それらを民族や地域と結びつけたり、そうした文化が音楽にどう影響を与えたかを研究するのも、学者が一生かかってできるかできないかというほど壮大な研究となるでしょう。

また、民族を規定する試みはレイシズムにもつながりやすいので、かなりの繊細さも必要となります。

それらを無視して、何も学ばず、調べず「西洋人は騎馬民族だから音楽(リズム)に秀でている」としたり顔で説くミュージシャンは無知蒙昧と言うしかありません。

これからミュージシャンを志す人、あるいは音楽を趣味としたい人は、こんな自虐にまみれた暴論に騙されずに、日本人であることに誇りと自信を持って音楽を学んでください。

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