八幡謙介ギター教室in横浜講師のブログ

横浜でギター教室を運営するギタリスト八幡謙介が音楽やギターについてつづるブログ

改めて、信頼できるのは継続している人だと感じられたこと

サウンドハウス

とある分野に二人の先生がいます。

仮にA先生、B先生としましょう。

いずれも同じくらの知名度、実力があり、賛否両論でもあります。

ただ、決定的な違いは、

 

A先生

 発言、行動がコロコロ変化する。

B先生

 発言、行動が何十年も同じ。

 

このお二人についての僕の印象です。

 

どちらも20年ぐらい前に知り、僕はずっとA先生に心酔していました。

A先生の方が革新的で面白かったからです。

一方B先生は、どこか野暮ったいというか、あんまり格好いいとは思えなかったので、ずっと気にはしてきましたが、そこまで尊敬はしていませんでした。

つい最近、関連動画でそのB先生が出てきて、久々に見てみると20年前僕が知ったときと全く同じことを言っていて、同じことを探究し、同じ疑問やテーゼに取り組んでいらっしゃいました。

それを見たとき、純粋に『この人すげえ』と尊敬することができました。

そして、その瞬間から僕の中ではB先生が信頼できる先生という認識に変わりました。

何かを探究し続けて、あるとき変化するのは当然といえば当然です。

ただ、A先生のように、あるとき「これが答えだ!」と言っていたものを急に言わなくなったり、活動の方向ががらっと変わると、周りはどうしても不安になります。

また、当人や側近はその必然性を理解できていても、遠くから見ている者からすると主義一環していないように見えてしまいます。

一方、B先生のように、20年前と同じことを言い、同じ活動をし、同じテーゼで真理を探究している姿を見ると、それだけで信頼できる気がします。

もちろん、20年前と全く同じレベルでは話になりませんが、探究が進化(深化)していると、一貫性とあいまって信頼度が増すのは当然でしょう。

 

たぶんこの辺は日本人的な感覚なのでしょう。

コロコロ転職する人より勤続20年の人の方が単純に信頼できる気がしますよね。

欧米や中国では転職歴の多さが信頼につながるそうなので不思議です(それだけいろんな場所で求められる人材という意味らしい)。

 

さて、これらを自分に当てはめてみます。

例えば僕があるとき突然脱力を捨てて別のメソッドを提唱しはじめたら、多分その時点で信頼を失うでしょう。

また、レッスン業に専念していたかと思えば急にまたアーティストに戻ったり、楽曲提供などをしたら、やはり一定の人は不安になるのではないかと思います。

まずは今後、今まで通りレッスンを継続していくこと、そしてその中でできるだけ矛盾せず、方向性も変えずに探究していくことが重要であると確認できました。

もちろん、その探究の内容を進化・深化させることが絶対条件ですが。

今は信用してくれない人がいても、10年後20年後に改めて信頼を得ることができる可能性があると、上記の例で想像できます。

 

飽き性の僕にとってこれはちょっと背筋がヒヤっとする発見でした。

A先生のように言うことやることをコロコロ変え、「脱力?そんなもんとっくに厭きてるよ。今はこれ」なんてやってたら、簡単に信頼を失っていくでしょう。

教則本の数も増えてきましたが、幸い過去に出したものを否定する必要は今のところなく、今後もないでしょう。

多少やり方を変えているものもありますが、方向性は変わっていません。

脱力、ハーモニーの捉え方、ピッキング理論、アンサンブルでのギターの役割、ジャズの捉え方、アドリブのメソッドなどなど、レッスンにおける体系が整ってきたところなので、今後はブレないよう同じことを継続しながら高みをめざしたいと思います。

 

 

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