1996年発売
ワーナーミュージックジャパン
作詞・作曲 槇原敬之
線路沿いのフェンスに夕焼けが止まってる
就職の二文字だけで君が大人になってく
いきなりちょっともやっとしていますが、これは「君」と主人公の距離を表しています。
一行目は、「線路沿いのフェンス」越しに就職で地元を離れる「君」を見送っている主人公。
微妙な距離感はこの後ではっきりしてきますが、この一行目は物理的な距離です。
二行目は心理的な距離。
「大人になっていく君」との対比で「まだ大人になれない僕」がいることが行間から読み取れます。
これは今後の展開にも効いてくるので、ここでしっかりと認識しておきましょう。
あと、「フェンス越し」の景色と夕暮れ時という時間帯も後で効いてくるのでここも覚えておきましょう。
向かいのホーム特急が通り過ぎる度
とぎれとぎれの頑張れが砂利に吸い込まれていく
「君」が主人公から見てこっち側のホームにいて、その回りに人がいて「君」を励ましているようです。
「君」は友達に恵まれていたのでしょう。
また、就職する「君」をわざわざ見送りにくるぐらいだから、もしかしたら「君」にとっては(あるいは友達にとっても)辛い門出なのかもしれません。
その向かいのホームに特急が通り過ぎていくと、友達の励ましの言葉が途切れてしまいます。
この「途切れる」という言葉も「君」とこちら側(主人公)との断絶を暗示しています。
いくら「頑張れ」と言ってもその言葉は「君」に届かず、砂利に吸い込まれていきます。
というか、主人公はそもそもその様子を傍観しているだけですが。
ホームに見送りに来た友達に混ざって
きっと僕のことは見えない
ここで位置関係がはっきりします。
「友達」は「君」をホームで見送っています。
主人公はフェンス越しにこの光景を見ています。
さて、なぜこの主人公は友達と一緒に「君」をホームで見送ってあげないのでしょうか?
大好きだ大好きだってとうとう言えないまま
君は遠くの街に行ってしまう
ここで主人公は「君」が好きだということが分かります。
その気持ちを言えないまま「君」が遠くの街に行ってしまう……、しかも「君」は就職して大人になっていくのに自分はまだ子供のまま(←これは書いてないけど行間からわかる)。
これが「君」の転校ならそこまで心情的な距離は生まれなかったでしょうが、就職としたことで心理的、物理的距離がぐんと大きくなり、切なさが増してきます。
この辺が巧みです。
何回も何回も書き直した手紙は
まだ僕のポケットの中
じつは主人公は「君」に手紙を書いていました。
中身はタイトルにある通りラブレターでしょう。
ここにもたっぷり行間が存在します。
主人公は最後に意を決してラブレターを渡す作戦を考え、実行しようとホームまで行きます。
もしかしたら誰も見送りに来てなくて一対一になれると踏んでいたのかもしれません。
しかしいざ駅に行ってみたら友達がいっぱい来ていてどうしてもホームに行くことができなかった……
あるいは友達が見送りに来ているのは最初から知っていて、その中で手紙を渡すつもりが実際に駅まで来てみると怖じ気づいてしまった……。
いろいろ想像できます。
いずれにせよ、ホームにいる「君」と友達、それをフェンス越しに見る主人公という物理的な距離感と、大好きという気持ちを最後まで伝えられない、しかも「君」は就職して大人になっていくという心理的な距離感がリンクしているところが秀逸です。
二番を解説する前に。
おそらくこちらは一番とはまた違うストーリーになっていると思います。
でないとちょっとおかしなところが出てくるので。
徹夜でつくったテープ渡したかったから
夜道をバイクでとばし 君に会いに行った
一番の続きとして読むと「は?」となりますよね。
さっきまで学生臭かった主人公がいきなり「夜道をバイクでとばし」ています。
しかも、手紙ではなく「テープ」を渡しに。
ずっと言えずの言葉を託した曲たちも
長い旅の退屈しのぎになればそれでいい
しかも「君」は就職ではなく「長い旅」をするそうです。
このことから、一番と二番の「君」は違う人だと考えるのが自然でしょう。
では主人公は?
もしかしたら同じで、一番は中学生、二番は高校生のときの恋愛なのかもしれません。
二番の「君」は海外にでも留学するのでしょうか。
ちょっとした旅行ならすぐ帰ってくるし、こんな大げさなことはしなくてもいいはずです。
いずれにせよ、「心理的、物理的に遠くに離れていく君」と「好きと言えない僕」という関係性は一番も二番も同じです。
ヘルメットを取って 変になった僕の髪を
笑いながらさわった君を忘れない
今度は主人公、ちょっといじられてますw
一番の「君」よりはまだ普段の距離感は近いようです。
余談ですが、槇原氏はこういったマクロの情景からミクロの情景に視点を切り替えるのが上手いです。
夜道をバイクで飛ばして好きな子にテープ(恐らく自作のデモ音源)を渡すという一大イベントの最中に、ヘルメットを被っていたから髪が変になっているというどうでもいいことをさらっと入れるのが槇原っぽいです。
大好きだ大好きだって とうとう言えないまま
君は遠くの街に行ってしまうのに
何回も何回も書き直した手紙は
まだ僕のポケットの中
さっきはテープを渡したのにサビでは手紙がまだ渡せていないとあって混乱しますが、ここは一瞬一番に戻ったと考えましょう。
自転車を押しながら帰る夕暮れ
この駅を通る度
網目の影が流れる横顔を
僕はこっそり 見つめてた
サビからの流れでまた一番に戻ります。
時間軸で言うと、一番の「君」が就職で去った後のことです。
あの日見送りに行った駅は、地元なので毎日のように通るのでしょう。
ノスタルジックな場所なので、夕暮れ時(見送ったときも夕暮れ)ここを通るときはいつも自転車を押してあえてゆっくり眺めながら帰るのかもしれません。
男のうじうじしたところがよく出ています。
「網目の影が流れる横顔」がちょっと難しいですが、これは、あの日「君」をフェンス越しに観ていたから、その横顔にフェンスの網目が写っていたということでしょう。
ずっとここを「アニメの影が流れる横顔」と思っていましたが、違いますw
ここで、どの角度から観たらフェンスの影が顔に写るんだ? と考える人は小説家的思考です。
詩の場合はそんなことはあんまり関係ないのでしょう。
僕は前者なので詩が書けません。
最後の「僕はこっそり見ていた」は、駅のホームを見るふりをして、心の中では実際にそこにいない「君」の姿を見ていたということでしょう。
手紙も渡せない、ちゃんと見送りもできない、だからいつまでたっても忘れられず、次に進めないダメな男というのは、槇原氏の歌詞に何度となく出てきます。
そういった男性の詩的描写が非常に巧みなアーティストだと言えるでしょう。
素晴らしい歌詞ですが、二番だけは正直もやもやします。
まあその辺も含めて楽しむのが歌詞なのかもしれません。
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