西洋、特にアメリカでは、ブルースは常に敬意を持って扱われます。
どんなテクニカル志向のミュージシャンでも、ブルースをバカにしたり軽視するような発言はしません。
シュレッドギタリストやコンテンポラリージャズの最先端のプレイヤーでも、話したり習ったりしてみると「自分が目指しているのはBBキングだ」と言っていたりして、驚いたことが何度もあります。
一方、日本では昔からブルース軽視の傾向があります。
ちょっとアドリブできるようになっただけで「できた」と勘違いしたり、ブルースミュージシャンがなぜか自分はジャズが弾けないと自虐したり悩んだり、プロのギタリストがBBキングを茶化すような発言を公にしたり…
以前にも書きましたが、日本人にとってブルースは遠すぎて距離感がわからず、だからちょっと記号や形式を覚えただけで「できた」と錯覚してしまうのでしょう。
しかし、長年やっていくとブルースほど遠い存在はありません。
どれだけ形式に馴染んでも、どれだけフレーズを覚えてもぜんぜんそれっぽくなりません。
ある程度認識が進んで、フィーリングやタイム感がわかってきても、やっぱりそれっぽくなりません。
ただ、「自分はそれっぽくない」ことが身に沁みて分かっていれば、ほんのちょっとだけブルースに近づいているということは言えそうです。
では、自分が弾けてない、それっぽくないことがどうやったらわかるかというと、大人になるしかありません。
逆に言えば、ブルースが弾けてないことがわかってきたら、自分も大人になってきたと思っていいのでしょう。