ジャズというとⅡーⅤと言われますが、ビバップをよくよく聞き込むと、実はそうでもないことがわかります。
ⅡーⅤなのにシンプルなメロディを弾いていたり、教科書みたいにⅡーⅤーⅠときっちり弾ききっていなかったり、あるいは完全に無視していたり……。
そして、聴いていても実際に試してみても、そちらの方がジャズ純度はなぜか高くなります。
現在の教室のジャズレッスンではそうした本当に実践的なⅡーⅤ、つまり、弾ききらないⅡーⅤを教えています。
難しいのは、「弾ききらない」を行うためにはまず「弾ききる」をきっちりと習得しないといけないからです。
だからまずちゃんとしたⅡーⅤの弾き方を覚えてもらい、それがなんとかできたらすぐに「はい、じゃあそれを全部弾かずに崩しましょう」と次の段階に入ります。
生徒さんからしたら「今までやってきたのは何だったんだ?」となりますが、これは仕方ありません。
ジャズとはそういうものなのです。
もちろんそれで本気で怒ったり絶望したり投げてしまう人はいませんが。
ところで、ⅡーⅤを弾ききらないのがジャズなら、ⅡーⅤを弾ききるという発想はどこから来るのでしょう?
おそらくフュージョンだと僕は思います。
僕はフュージョンが嫌いなのであんまり聴かないしやりませんが、その乏しい経験からでもかっちりとしたⅡーⅤとフュージョンの親和性はかなり感じます。
また、十代の頃にジャズを習っていた先生も、今考えればフュージョンギタリストでしたし、そうした人の方がⅡーⅤについてやかましく言っていたように思えます。
最近レッスンでよくやる、ラリー・カールトンの「ROOM335」のサビ(?)の部分も、バップ的に崩すよりは教科書みたいにかっちりと弾ききった方がかっこよくなります。
そうしたフュージョン的発想でジャズを解説すると、「ジャズはⅡーⅤ!」「ⅡーⅤはかっちり弾くべし!」となるのでしょう。
僕もずっと「ジャズはⅡーⅤをかっちり弾くこと」と教わってきましたが、ある時期からそれを疑い、古いバップを聞き込んでいき、ようやくそうでないということがわかりました。
それが分かるまでにかなり時間がかかったので、相当沢山聞き込まないといけないのでしょう。
そういったことに興味のある方は、50年代60年代あたりのバップをたくさん聴き、ⅡーⅤをどう弾いているか(もちろんギターだけじゃなしに)、研究してみましょう。
きっとジャズの新しい側面が見えてくると思います。