教室に時折歌手の人が来られます。
歌を歌ってもらうと、大抵こちらに届かない、響かないので、そう感じると僕は必ず「この歌ってどういう歌ですか?」と質問します。
するとほぼ100%「え?……」と固まってしまい、答えが返ってきません。
中には「…じつはこの歌好きじゃなくって」と正直に告白する人もいます。
歌がリスナーに響かない理由は実は簡単です。
歌っている本人が何を歌っているのか分かっていないからです。
あるいはその「分かっている」が分析的だからという場合もあります。
要は、その歌を歌っている自分の感情が全然動いていないのです。
だからどれだけ上手に歌っても人の感情が動かせないのです。
ある程度レパートリーがある人に「じゃあ一番好きな歌を歌ってください」と言って歌ってもらうと、ちゃんとこちらに響いてきます。
そしてまた同じ質問をすると、別人かと思うぐらい饒舌にその歌について言葉が出てきます。
その言葉がどれだけつたなくても意味不明でも構いません。
何らかの「想い」がすらすら口を突いて出てくるということは、その歌に感情を持っているということなので。
これは楽器の演奏でも全く同じなのですが、楽器よりも歌の方がくっきりと出てしまいます。
完全に生ものですからね。
だから僕は歌は難しいと思っているのですが、ヴォーカリストの人は口をそろえて「歌が歌えない人なんていない!」と言うのが不思議です……。
個人的に、歌の練習でまず最初にやるべきなのはその歌を知り、消化するということだと思うのですが、そういったことをやっている歌手は意外と少ないのかなという印象です。
何故そうなるのかというと、言葉としての歌詞は母国語であれば誰でも覚えられるし、単純に意味を理解するだけなら誰でもできるからです。
もちろん歌詞を読んで感動したり、自然と何らかのイメージを持つことも多々あるでしょう。
そこで「はい、歌詞はOK」となってしまうのでしょう。
本当は、「歌詞を覚えた」「イメージが湧いてきた」を足がかりにして、もっと深く歌の世界に入っていくべきなのに。
ドキっとした歌手の人は、自分のレパートリーに対して「この歌はどういう歌ですか?」と自問自答してみましょう。
言葉につまってしまったり、「恋愛の歌」「悲しい歌」程度の単語しか出てこなかったとしたら、その歌は全然人の心に響いていないと思っていいでしょう。