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歴史的作品の価値が分からなければ、自分が未熟だと思っておいた方がいい

すでに歴史的価値を付与された作品があり、試しに触れてみたところ全然良いと思えなくて困惑したという経験は誰しもあると思います。
その時に二通りの反応があります。
一つは自分がその作品を鑑賞するレベルに到達していないからわからなかっただけという考え方。
もう一つは、その作品に価値を与えた歴史の方が間違っているという考え方。
言うまでもなく、前者の方が99%以上正しく、後者は間違っています。

 

しかし、人はつい後者の考え方をしてしまいがちです。
なぜなら、自分のレベルが低いことを認めたくないからです。

 

また、歴史的作品の価値を理解できるようになるためには、それなりの努力と忍耐が必要になります。
ちんぷんかんぷんで全然面白くなかった作品を理解するために、さらに長い年月をかけ自分の感性を磨いていくか、今すぐその作品を否定して自分のほうが正しい、自分の価値観の方が上だと宣言するか…後者の方が圧倒的に楽で気分がいいということは誰にでもわかります。
しかし、本当に必要なのは長い年月をかけて自分の感性を磨き、歴史的価値を付与された作品を堪能できる自分になることです。
そうやって磨き鍛え上げた感性は、新しい作品に対する審美眼としても機能します。

 

歴史的な作品はすでに答えが出ている作品です。
ですからそれに対する鑑賞態度は、ある意味ものすごくシンプルだといっていいでしょう。
分かるまでトライする、それだけです。

なぜなら、それが素晴らしく価値のあるものだとすでにわかっているのですから。
そうした作品を一つでいいので手元に置いておき、折に触れてトライしてみると自分の感性の変遷が理解できて面白いです。

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