主題は内に秘めた恋心というよくあるものですが、普通はこうした主題を歌詞にするとどうしても心理描写中心となり、歌詞が静的になってしまいます。
「私はこう想っている」「でも伝わらない」「あなたはどうなの?」云々と、心理描写ばっかでつまんない歌詞はいくらでもありますよね。
しかし秋本氏はこの主題を、まるでジェットコースターに乗っているかのような動的な世界感に造り上げています。
しかも、それをファンタジックに描くのではなく、あくまで日常の一コマの中から描き出しているところが見事としか言いようがありません。
AKBだから、秋本康だからと毛嫌いせず、歌詞を書く人はぜひ本作に学んで作詞に生かしてほしいです。
では見ていきましょう。
すぐ近くなのに 離れて感じる
君はバスの2つ前の席
声をかけるには ちょっと恥ずかしい
何度 恋をしても慣れないね
まずは自分と相手の距離感を述べています。
心理的な距離でもあるんでしょうが、二行目で「バスの2つ前の席」とはっきり状況を説明しており、ここで情景がクリアに浮かんできます。
楽曲の爽快感から、なんとなく朝な気がします。
学生なら通学、社会人なら通勤時を思い浮かべるでしょう。
「2つ前の席」という設定も絶妙ですね。
仮にひとつ前だったとしたらぎりぎり声をかけられそうですが、2つ前ならわざわざ立ってその席まで動いて声をかけないといけません。
そんな動きをしたら人に見られて勘ぐられたり、相手からも気持ちを読み取られてしまうかもしれない…それも含めて「恥ずかしい」のでしょう。
カーブ曲がり 身体が傾くとき
その方向は同じさ
ここはサビへの転換部分です。
特に深い意味はなく、読んだままです。
バスがカーブを曲がり、2つ前の席に座っている意中の相手と同じ方向に身体が傾いているということです。
君に重力シンパシー なにも話せなくても
確かに今僕らはひとつになる
君に重力シンパシー 後ろ気づかなくても
わかり合える日が来るよ
まず「君に重力シンパシー」がちょっと難しいので説明します。
バスがカーブを曲がるとき、意中の相手と自分が同じように身体を傾けていることで、今自分が相手と同じ空間で同じ力を感じて、同じように身体を傾けていることにときめいている状態を「重力シンパシー」と名付けています。
要は、好きな相手と共感したい、一緒でいたいという気持ちを表しているだけなのですが、それをバスの座席の距離感とカーブを曲がるときの力で端的に、しかも鮮烈に描いているところは正に名人芸でしょう。
ちなみに、カーブを曲がるとき働く力は重力ではなく慣性の法則ですが、それだと語呂や語数が合いません。
「重力」というワードの方が力強さや動的なイメージがあるので、そちらを採用したのでしょう。
サビの後半はすっきりとまとめた感じです。
特に説明する必要はないでしょう。
2番も結局同じ現象を扱っているので、ここでは省略。
「重力シンパシー」から学べることは、陰と陽の一体です。
本作は静を動で表現することで停滞感やまどろっこしさを回避し、歌詞自体にスピード感や力強さを付与しています。
逆に、動を静で表現した歌詞なども探せばあるのでしょう。
また、静と動だけではなく、愛情と憎しみ、幸福と不幸など、相反する概念を一体化させることで歌詞に深みを持たせられるはずです。
例えば、「好き」という気持ちを表現するために、あえて「嫌い」を掘り下げていく、などなど。
そういえば米津玄師の「Lemon」も、レモンの色彩を表現するためにあえて色彩のない暗い世界から入っています。
詳しくはこちらを参照。
秋本康を毛嫌いする人も多いと思いますが、アイドル運営はともかく、作詞家としては超一流です。
歌詞に興味のある人は一度は通っておくべきでしょう。
余談ですが、美空ひばりの「川の流れのように」も秋本康ですからね。