わからないことをいくら考えても”今”はわからない

わからないことがあり、それについて検索などをして情報収集するときに、つい忘れてしまうことがあります。

それは、"今"わからない事は、どれだけ情報を収集しても"今"はわからないしできないということです。

 

例えば、ジャズのアドリブがわからないとしましょう。

わからないから情報を集めます。

しかし、どれだけ重要な情報を集めたとしても、やはり"今"はわからないし"今"はできません。

なんにせよ、"今"の自分のレベルで情報を精査する事はできないのです。

しかし、多くの場合、なぜか情報を集めている過程でそれらの情報を取捨選択し、これは使える、これはダメだと、できない自分が勝手に判断してしまいます。

もっとひどくなると、情報を集めただけでもうできたような気になってしまいます。

何が正しい情報か、何が本当に役に立ったのか、役に立たなかったのかは、自分ができるようになってからでしかわかりません。

それは、3年後、5年後、もしかしたら10年後かもしれません。

わからない・できない自分がその情報をわかる・できるようになるまではそれぐらいの時間がかかるものです。

そう考えると、わからない"今"やるべき事は、情報を精査することではなく、ましてや分かった気になる事でもなく、集めた情報を片っ端から試してみることです。

そうすると間違った方向に行くかもしれないという危惧はありますが、それが間違っていたと本当に理解できるのも数年後です。

また、数年続けたことが間違っていたと理解できたとしたら、それは自分がわかるレベルに到達できたということです。

そこから改めて情報収集し行動に移しても遅くはありません。

もちろん、あらゆる情報を片っ端から実行することは不可能です。

しかし、"今"の自分の理解度や実力でそれ以上のレベルのものを理解しよう、習得しようとするとき、今の自分が情報を正しく取捨選択する事はできません。

という事は、とりあえずできるところからさっさとやっていくに限ります。

情報ばかり集めて、何が有効か、どれが近道かをいくら考えても、結局"今"の自分にはわからないので、はっきり言って時間の無駄です。

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