昨日tiktokを見ていると、「音羽」という文字と悲しげな動画が大量に流れてきて、わけもわからず情報をたどっていくと、以下の出来事があったことが分かりました。
・48(フォーエイト)というグループがある
・彼らの出した楽曲「TikTik Winter 2021」が炎上(?)
・得に音羽氏の歌う「お、お、音の呼吸だ」というラインがネタにされる
・音羽氏病む→48脱退
だいたいこういう流れだと思います。
そんな中、
ファン「誹謗中傷やめろ」
外野「自分は人のネタいじって、いざ自分がいじられたら被害者面すんの都合よくね?」
で話が平行線になっているようです。
なんとなーくその流れを見ていて、この騒動に欠けている視点がある気がしたので、書いておくことにしました。
2021年の冬あたりにtiktokで流行ったネタを歌詞やイメージに取り込むというコンセプトのようです。
楽曲そのものの良し悪しは別として、戦略としてとても現代的で面白いなとは思いました。
さて、問題は0:53からの音羽氏のライン。
「お、お、音の呼吸だ」というのがダサいとネタにされていたらしいです。
個人的には一発で耳に残るキャッチーさと、ついネタにしたくなるコミカルさが秀逸なラインだと思うんですが…
ここで本題。
何かを作っている人なら分かる…というか分かっていないといけないことなのですが、作品は作者の意図しないメッセージを持つことが多々あります。
完成度が高ければ高いほど、作品はそれ自体が生命を持ち、独自にメッセージを発信するようになります。
その際、いくら作者が「そんなこと言ってない」「そんな作品ではない」「それは私の意図ではない」と言ったところで意味はありません。
作品は生きているんですから。
そして、それが作者の究極の目的でもあるはずです。
この辺を上手く文学にしている作品が、綿谷りさの「いなかのすとーかー」です。
作品はこちらに収録。
解説。
さて、僕が「TikTok Winter 2021」を聴いて感じたメッセージは『いろんなネタぶっこんどいたからみんなでいじって、みんなもこれをネタにして、どんどんネットにUPしてね!(そしてバズらせて!)』です。
もちろん歌詞にはそんなこと一言も書いてませんし、メンバーもたぶんそうは言っていないでしょう。
しかし、この楽曲自体がそう言っています。
少なくとも僕にはそう聞こえたし、恐らく多くの人もそういった楽曲からのメッセージを受け取って「よっしゃ、ネタにしよ」と考え「おwおw音の呼吸だww」といじっていったんじゃないかと思います。
音楽を教えていると、ファンだからこそ作品が放つメッセージを理解できないという現象によく出くわします。
ファンの人はどうしても「好き」という感情に支配されてしまい、フラットな状態で作品を鑑賞するのが困難となってしまいがちです。
また、ファンだからこそひとつの作品に対していろんな情報を持ってしまうので、どうしてもバイアスがかかってしまいます。
一方ファンでない人ほどフラットな状態で作品を鑑賞できるので、素直に作品が持つメッセージ(ときに作者すら意図していないもの)を受信できるということも多々あります。
今回の件でいうと、
ファン「大好きな48が作った曲、かっこいい♥」
非ファン「ネタにしてくれってことね、おkw」
非ファン「おwおw音の呼吸だww」
ファン「誹謗中傷やめろ!」
となったというのが僕の解釈です。
ファンの人は納得できないかもしれませんが、こういった楽曲を出しておいて「いじんな」と言う方が無理がある気がします。
とはいえ、度が過ぎた誹謗中傷はもちろんダメですが。
tiktokでもいっぱい書かれてましたが、もう今の時代ネットで有名になったら誹謗中傷は絶対に来ます。
僕レベルですらいっぱい来てたので、インフルエンサーなら信じられない数の誹謗中傷を毎日浴びることになるでしょう。
もちろん誹謗中傷をする側が問題であり、今すぐやめるべきなんですが、残念ながらなくなることは絶対にありません。
とすれば、対外的な活動を諦めるか、活動をしながら誹謗中傷をどうにかやりすごすスキルを身につけるかのどちらかしかありません。
今後クリエイターやパフォーマーを目指す人は、その分野のスキルを磨くと同時に、将来的な誹謗中傷とどう向き合うかを考えておかないと、せっかく夢を掴んだのに早々と潰れてしまいかねません。
たぶんクリエイター向けのメンタルカウンセリングなどをやっている精神科医の方はいると思うので、そういった先生を見つけておいて何かあったらすぐに相談できるようにしておくといいかもしれません。
ちなみに僕は、誹謗中傷を「等価交換」で相殺しています。
「等価交換」とは、良いことがあれば同じだけ悪いことがあるという考え方です。
誹謗中傷は悪いことなので、それがあればその分自分にいいことが起こると考えられます。
逆に、いいことがあったらその分どこかで悪いことが起こるはずですが、その悪いことが誹謗中傷程度で済めばラッキーとも考えられます。
だからほっといてますし、ほっとける余裕が持てています。
変に誹謗中傷に反撃して潰したり勝ってしまうと、その分いいことが消えたり、別のところで悪いことが起こったりします。