まだ20代の頃、東京に行くことがあり、浅草に宿をとった僕は観光がてらぶらぶらしていると、ジャズ喫茶を発見しました。
ジャズ喫茶全盛の時代はまだ生まれておらず、京都にもどこにあるか分からなかったので行ったことがありませんでした。
ワクワクしながらお店に入ると白髭のでっぷりとした”いかにも”なマスターがいて、狭い店の奥にはJBLのスピーカーとレコードがずらり。
空いていたのでスピーカーの真ん前に陣取り、注文を取りに来たマスターにコーヒーをたのむついでに「リクエストってできますか?」と訊いてみました。
すると白髭のマスターはなぜか急におどおどした様子になり「いや…うちはその……あまりレコードも揃えていなくて…」ともごもご言ってきました。
よく分からなかったので「じゃあウエスかグラント・グリーンで、アルバムは何でもいいです」と告げて、運ばれてきたコーヒーをすすっていると、たしかグラント・グリーンがかかりはじめた気がします。
初めて訊くJBLの音の迫力、再現性に「目の前で弾いてるみたいだ!」と感動。
しばらくしたら急に入り口が賑やかになりはじめ、おばちゃん集団が4~5人入ってきました。
内心『うるせーな』と思いつつもじっと音に耳をすましていると、おばちゃんの一人が大声で
「すいませーん、リクエストいいですかー」
とマスターに訊ねます。
するとマスターは、
「うちはリクエスト受け付けていません!」
とぶっきらぼうに返答しました。
その瞬間心の中で、
えぇ~……さっき聞いてくれたやん???
と突っ込みを入れていました。
しばし頭の中が新喜劇モードになった後、僕はまたJBLの音に集中し、初めてのジャズ喫茶を堪能して帰りました。
時々このときのことを思い出しては、あれは何だったんだろうと不思議な気持ちになります。