1948年生まれ。
ザ・タイガースを経てソロデビュー。
1973年「危険なふたり」が大ヒットし人気歌手に。
作詞:阿久悠
作曲:大野克夫
レーベル:ポリドール
1977年発売、代表曲。
表題は映画「勝手にしやがれ」から。
本作の主題は、男の生態描写です。
男ってこんな生き物だよ、ね、男性諸君?女性は知っといた方がいいよ、と阿久悠先生が教えてくれているかのようです。
男性は「うんうん、分かる分かる」と頷き、女性は「は?なんで?」と頭が?マークでいっぱいになる、そんな歌詞です。
壁ぎわに寝がえりうって背中できいている
もうここで行間にこれでもかと情報が詰まっています。
それが読めない方はまだまだ歌詞を読み取る力がありません。
まず【壁ぎわに寝返り】をうつということは、もともと逆側に顔を向けて寝ていたことになります。
そっちには何があるのか?
恐らくさっきまで彼女がいたはずです。
また、【壁ぎわ】の反対側には部屋の空間がありますよね。
そっちを見たくないからわざわざ【壁ぎわに寝返り】をうったということです。
見たくないということは、なにか嫌なことがあるんでしょう。
それが次の一節につながります。
やっぱりお前は出て行くんだな
まず【やっぱり】という一言に注目しましょう。
【やっぱり】ということは、主人公は彼女が出ていくことを予感していたようです。
ちなみに【やっぱり】の理由として【べつにふざけて困らせたわけじゃない】と後ででてきます。
【出て行く】という言葉にも要注意です。
さらっと読むと読み流してしまいそうですが、【出て行く】という言葉から分かるのは、
・ここは主人公の部屋
・ふたりは同棲か半同棲をしていた
ただ泊まりにきていただけなら【出て行く】とは言いません。
また、ここが彼女の家なら主人公が追い出されるはずです。
(半)同棲していた男女、しかし彼女の方が愛想をつかして「私もう出て行く」とベッドから下りて身支度をしはじめる、それを引き留めるどころか壁ぎわに寝返りをうって知らんぷり、でも実は気になって背中で物音を聞いている主人公……
たった二行で男女のドラマがしっかりと描かれています。
さすが阿久悠ですね。
これに匹敵するのは槇原敬之か秋本康ぐらいでしょう。
悪いことばかりじゃないと思い出かき集め
鞄につめこむ気配がしてる
主人公は彼女が出て行く様子なのに、相変わらずそっぽを向いています。
が、内心は気になっており、身支度をする彼女の様子を【背中で聞いて】います。
タンスを空けて洋服を鞄に詰めたりする音が聞こえるのでしょう。
それに対して主人公は彼女が【悪いことばかりじゃない】と思ってくれていると楽観しています。
この時点で主人公は相手の気持ちを理解できないダメな男だということが分かります。
そもそも出て行くのを引き留めない時点でダメなんですが…
きっと彼女も荷繕ろいしながら、彼が反省の色を示してきたり、引き留めてくる時間をわざわざ作ってあげているんでしょうが、主人公はお子ちゃまなのでそんなことにはまだ気づけません。
行ったきりならしあわせになるがいい
戻る気になりゃいつでもおいでよ
ここで主人公の傲慢さと女心への無理解が露呈します。
まず【しあわせになるがいい】って何様なのでしょう?
お前が幸せにさせろよ…
そしてこの主人公、一度出ていった女性が戻ってくる可能性があると思っているようです。
恐らく女性経験がまだ少ないのでしょう。
愛想をつかせて出ていった女性は二度と戻ってはきませんから。
たぶん彼女からすると、これまで何度もチャンスを与えてきて、今荷繕いしている時間が最後のチャンスなのでしょうが、主人公は分かっていません。
せめて少しはカッコつけさせてくれ
寝たふりしてる間に出て行ってくれ
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
楽天的な主人公も、どうやらいよいよ危機感を感じてきたようです。
もしかしたら最初は出て行くフリをしていると思っていたのかもしれません。
しかし、どうやら本気のようです。
この瀬戸際で主人公はカッコつけるという選択をしました……
「君が出ていっても僕はぜ~んぜんダメージなんかないもん」と、相変わらず【壁ぎわ】を向きながらじっとしています。
しかし、心はかなり動揺しているのが分かります。
そうして彼女は出て行きました。
書いてはいませんが、A2で出ていったという描写があるので。
最後のアアアは主人公の苦悶の声でしょう。
バーボンのボトルを抱いて
夜ふけの窓に立つ
お前がふらふら行くのが見える
A2になってきっちり場面が進んでいます。
さて、どうやら彼女はもう出ていったようです。
主人公は安心(?)して起き上がってき、バーボンを飲み始めます。
【ボトルを抱いて】とあるので瓶からラッパ飲みしているのでしょう。
しかしながら出ていった彼女のことは気にかかっているので、窓から外を眺めます。
恐らく部屋の窓からマンションの入り口が見えるのでしょう。
もしかしたら主人公は、「彼女は出ていくと言ったが、あれは嘘で朝までマンションの中で過ごす気なんじゃ?それとも小一時間も待ったら戻ってくるのでは?」とまだ楽観視しているのかもしれません。
そういった意味で窓から眺めていたのかも。
しかし彼女は出てきてしまいました。
【ふらふら】という表現が若干ゆるいかなという気もします。
怒って出ていったのなら足早に去っていくような気もしますが…
【ふらふら】が主人公の心情、そう思いたいというのならなんとなく分からない気もしません。
さよならというのもなぜか
しらけた感じだし
あばよとサラリと送ってみるか
相変わらずかっこつけていますね。
ただ、かっこつけきれていないところにこの主人公の人間味があります。
彼女が出ていくといっても無視していたくせに、出ていったら出ていったで心配になったのか後ろ髪引かれたのか窓から確認し、しかも気を大きくするためにバーボンをラッパ飲みし、たぶん「変な男が寄ってきたらすぐに俺が助けてやる」みたいなことも思いつつ、【サラリと送って】いる俺カッケーと自分にも酔っている……
男性ならこの心情は誰でも分かるでしょう。
女性からしたら「何してんの、おっかけなさい!まだぎりぎり間に合うかもしれないし、彼女も絶対待ってるから」と思うでしょうが。
しかしこの主人公にはそうした女心はまだ分かりません。
だから追いかけるというそぶりが全くないですし、そういう選択肢が頭の中にないのでしょう。
別にふざけて困らせたわけじゃない
愛というのに照れてただけだよ
どうやらこの主人公は、これまで彼女をめっちゃ困らせたようです。
なんでしょう、他の女の子のことを可愛いと言ったり、デートをすっぽかしたり、結婚の約束をしたのにはぐらかしたり、そんなことばっかりしていたんでしょう。
これも男はなんとなく分かります。
真面目に恋愛するって、照れるんですよね。
本人もそう言い訳して反省しているっぽいですが、そもそも既に彼女は去っていますし、直接伝えないと意味はありません。
そこらへんが分かっていないところもやっぱりお子ちゃまです。
夜というのに派手なレコードかけて朝までふざけようワンマンショーで
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
夜というのに派手なレコードかけて朝までふざけようワンマンショーでアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
で、結局彼女が帰ってこないであろうことを確信し、追いかけることもなく、反省することもなく、この体たらく。
これが男です。
内心は後悔と反省でうちひしがれそうになっているんですが、プライドと若さがそれを許さないので強い酒を飲んで、【派手なレコード】をかけてごまかす。
余談ですが、本作が1977年リリース。
同年はABBA「Dancing Queen」
アンディ・ギブ「I just want to be your everything」
前年の76年はQueen「Bohemian Rhapsody」
Four Seasons「December, 1964」
などがヒットしました。
ディスコが盛り上がってきた時代なので、ディスコ系のレコードをかけていたのかもしれません。
あるいは【派手な】とあるからKISSの「Detroit Rock City」あたりか(1976年発売)。
…それはさておき、男はだいたい20代いっぱいぐらいまでこんな感じだと思って間違いありません。
女心が分かって、それを気遣いながらちゃんと言動に移せるようになるのは、はやくても30から、下手したら40からです。
一方で、中年以降のちゃんとした男性は、「もう一度、あと一回でいいからこの主人公みたいになってみたい」と憧れるのも事実です。
僕も今年46歳になりましたが、この歌詞を読んで「ああ、いいなあ…」としみじみ思ってしまいました。
まあそんなことをするとこの主人公のようにアアアと悶絶することになりますが。
本作は様々なアーティストがカヴァーしていますが、中でもピカイチだったのは松本孝弘さんのこちらのアルバム収録ヴァージョン。
歌はなんと稲葉さん。
原曲を損なわずに、さらにギラギラしたロックな「勝手にしやがれ」が聴けます。