邦題は「ミス・ア・シング」。
1998年公開の映画「アルマゲドン」主題歌。
バンド史上初めて1位を取った曲。
実はこの曲、歌詞・楽曲ともにエアロスミス制作ではありません!
作詞・作曲はDiane Eve Warrenというアメリカ人女性によるもの。
確かに、初めて聴いたときから歌詞があまりにロマンティックすぎて違和感がありました。
今回解説を書くに当たって調べてみると、なんと女性作曲家の作詞・作曲だと分かって納得できました。
やたらと甘ったるい内容は女性が男性にしてほしいこと、感じてほしいことのようです。
それを前提に読むとより理解が進むと思います。
I could stay awake just to hear you breathing
君の寝息を聴いているだけで、ずっと起きていられる
【I could】はI canと同じですが、もう少し柔らかい表現。口語でめっちゃ使います。
Watch you smile while you are sleeping while you're far away and dreaming
君が眠りにつき、遠く夢を見ているのをほほ笑みながら眺める
【Watch you smile】一瞬「君の笑顔を見ている」と錯覚してしまいますが、それだとWatch your smileになるはず。つまりこの【smile】は自分のこと。
【far away】は意識が遠くにいっていること。
I could spend my life in this sweet surrender
この甘い降伏に僕は人生を捧げることができる
【sweet surrender】というのが西洋的な表現。
主人公が恋人(フィアンセ、奥さん)を崇拝していることが分かります。
ただ、女性が歌詞を書いているので女性側の「そうあってほしい」という願望も強いと思いますが……。
その辺は文末で考察しています。
I could stay lost in this moment forever
この瞬間に永遠に迷い込み続けることだってできる
【lost】=迷う。
【stay lost】は「迷子になる」という意味。「迷子」が曲のイメージと合わなかったので「迷い込む」としました。
ここで「”瞬間”を”永遠”に」というロマン主義的表現が登場します。
これが本作の主題となっており、今後何度も登場するので覚えておきましょう。
Where a moment spent with you is a moment I treasure
君と過ごした大切な時間は、僕にとっていつまでも忘れられない瞬間だ
ここがかなり難しくて、訳は自信ないです。
恐らく文節は①【Where a moment spent with you】②【is a moment I treasure】と分割できると思います。
大きく訳すと「②は①だ」となることは間違いありません。
問題は①と②それぞれの訳です。
まず①。
この【where】は関係副詞で、場所を示します。
【a moment spent with you】は「君と過ごした瞬間」。
直訳すると「君と過ごした瞬間の場所は」となってしまいます。
これでは意味が分かりません。
そこで、「場所」と「瞬間」のどちらが大事なのかを文脈をたどってみると、恐らく「瞬間」の方が大事なんだろうなと思えます。
ですので【where】を省略して訳すことにしました。
②
【treasure】はご存じのように「宝物」という意味ですが、この場合は動詞なので「大切にする」という意味になります。
訳をつなげると、①「君と過ごした瞬間」②「は僕が大切にする瞬間だ」となります。
これでは日本語にならないので、うまくつなげるため最終的に「君と過ごした大切な時間は、僕にとっていつまでも忘れられない瞬間だ」としました。
かなり意訳になっています。
Don't wanna close my eyes
目を瞑りたくない
主語の【I】を省略していますね。
過去の翻訳シリーズでも見られましたが、意外と英語も主語を省略することはあります。
【wanna】はwant toの省略形。口語でめっちゃ使います。
I don't want to fall asleep
眠りたくない
【fall asleep】眠る。
'Cause I'd miss you baby
だって寂しいから
【'cause】はbecauseの省略形。これも口語でめっちゃ使います。
【I'd】はI wouldの省略形。
【I'd miss you】はI miss youとほぼ同じでしょう。やや未来形に近いニュアンスか?
さて、このI miss youがけっこうくせ者で、意外と日本語にはない表現だったりします。
直訳すると「私はあなたがいなくなって寂しく感じる」となりますが、ぴったりくる日本語はたぶんありません。
「寂しい」が一番近いのですが、これは自分の中の気持ちや感覚を表明したもので、I miss youは相手に対する想いを告げています。
この辺の微妙なニュアンスは使ってみないと分からないかもしれません。
And I don't wanna miss a thing
何も失いたくない
【thing】は「物」「事」といった意味になりますが、ここでは恐らく「君に関係する全ての物事」という広い意味になると思います。
それを踏まえて上記のように意訳しました。
ちなみに、本作ではよく【and】が使われますが、ほとんど意味はないので全て省略しています。
'Cause even when I dream of you (even when I dream)
君を夢見ているときでさえ
【even】は「~さえ」
The sweetest dream would never do
絶対にこんな気持ちにさせてくれない
ここもかなりの難関でした。
直訳すると「最も甘い夢は絶対にしてくれない」となりますが、これだと意味不明です。
まず【The sweetest dream】は前段を読めば主人公が見ている彼女の夢と分かります。
【would never】は「絶対に~しない」という強い否定。
問題は最後の【do】です。
これが何を指しているのかが問題です。
ではまず主人公がしていることを思い出してみましょう。
眠っている彼女を眺め、沸々と湧く愛情を確認し、この瞬間を永遠にしたいと願っています。
それに対しての【would never do】と考えると、「君を夢に見ているときでさえこんな気持ちにさせてくれない」と考えるのが自然でしょう。
そうすると【I could stay awake】や【I don't wanna close my eyes】といったラインとも整合性がとれます。
I'd still miss you baby
まだ君を想っている
そのまま。
And I don't wanna miss a thing
だから何も失いたくない
そのまま。
【and】に意味はありません。
Lying close to you, feeling your heart beating
君の近くに横になり、鼓動を感じている
こちらも主語が抜けています。
【heart】は「心」「心臓」の両方の意味がありますが、ここは【heart beating】なので「鼓動」としました。
And I'm wondering what you're dreaming
君はどんな夢を見ているんだろう?
そのまま。
Wondering if it's me you're seeing
もしかして君は(夢の中でも)僕に会っているの?
ここも主語抜き。
普通に考えるとWondering if you're seeing meとなりますが、恐らく韻を踏むために【seeing】を文末に持って来たのでしょう。
Then I kiss your eyes and thank God we're together
君の瞳にキスをして、一緒にいられることを神に感謝する
【thank God】は本来「よかったー」ぐらいの軽いニュアンスですが、ここでは主人公の感情を考慮して「神に感謝する」という重い意味に訳しました。
And I just wanna stay with you in this moment forever
君といられるこの瞬間を永遠に過ごしていたい
「”瞬間”を”永遠”に」という本作の主題。
Forever and ever
永遠に
最後の【ever】はたぶん意味はありません。
同じ
I don't wanna miss one smile
ひとつの笑顔も見逃したくない
そのまま。
And I don't wanna miss one kiss
ひとつのキスも失いたくない
そのまま。
And I just wanna be with you right here with you, just like this
ここで君と一緒にいたい、こんな風に
【be with you】=君と一緒にいる
【right here】=ここ。hereと一緒ですが口語でよく使います。
【just like this】=こんな風に。口語でめっちゃ使います。
And I just wanna hold you close I feel your heart so close to mine
君を近くに抱き寄せて、君のハートを近くで感じていたい
【I just wanna】I wannaと同じですが、やや切迫した感じ。
【heart】たぶんここでは「心臓」と「心」の両方だと思うので「ハート」としました。
And just stay here in this moment For all the rest of time
残された全ての時間を、ここで、この瞬間に……
【rest of~】=残りの~
最後にまた「”瞬間”を”永遠”に」という主題を提示しています。
Yeah, yeah, yeah, yeah, yeah
同じ
翻訳をしてみて、本作の歌詞はいくつかの段階に分けて読むことができると感じました。
①そのまま
読んだまま、主人公のパートナーに対する献身的で深い愛情を表現したもの。
②女性が求める理想の男性像
本作の作詞・作曲が女性作曲家によるものだと知ると、この主人公は女性が求める理想の男性なのではないかと推察できます。
自分は寝てるだけ、でも男性パートナーには眠らずに自分に寄り添い、無防備な自分を見守り、深い愛情を感じていてほしい、男性はそうあるべきだ、という女性の願望を歌にしたもの。
……まあ男からするとこんな男いるわけねーじゃんwと鼻で嗤ってしまいますが。
パートナーが寝たら嬉々としてまずビールを空け、一人でゲームをしたりAVを見たりオキニの女性配信者にスパチャしてるのが男です。
残念でした。
③文学的考察
本作は、ただの女性の願望丸出しの甘ったるい歌詞というだけではありません。
構造や主題などを紐解くと、文学的濃度の高さが垣間見える作品でもあります。
まずは何度も指摘した「”瞬間”を”永遠”に」という主題。
作者はロマン主義のど真ん中ともいえる主題を自覚的に盛り込んでいます。
そして、この主題を醸し出すための装置として、主人公とパートナーを対比させています。
読んだら分かる通り、主人公は起きていて、パートナーは寝ています。
これは生と死のメタファーでしょう。
生者は一瞬一瞬を感じながら時を過ごすのに対し、死者は既に存在自体が永遠と化しています。
同時に、眠りとは本人にとっては一瞬であり、パートナーの眠りを眺める主人公にとって、その時間は永遠にも等しい長さに感じられることでしょう。
つまりそれぞれが”瞬間”であり、同時に”永遠”であるということです。
作中、この構図と関係性以外一切登場しないところが、作者が主題やメタファーに自覚的であると考える証拠です。
また、作者は表向き男性(女性にとって理想の)を描いているようで、実は女性の本質もしっかりと描いています。
この女性はただ眠っているだけではありません。
彼女は眠ることにより、女性独特の支配、秘匿、そして自由を獲得しています。
主人公が、【I could spend my life in this sweet surrender / この甘い降伏に僕は人生を捧げることができる】と言っていることから、女性が完全に主人公を支配している様子が分かります。
しかもその支配は、行為によるものではなく、睡眠という最も無防備な状態で発動しています。
この受動性は非常に女性的といえるでしょう。
また、彼女は眠るという行為により秘匿を手にします。
夢だけはパートナーにも犯すことはできないからです。
作者は主人公に【And I'm wondering what you're dreaming / 君はどんな夢を見ているんだろう?】【Wondering if it's me you're seeing / もしかして君は(夢の中でも)僕に会っているの?】とやきもきさせていますが、これは作者が男性全般に対し「女性はパートナーにすら明かしていない秘密を持っているものよ」と女性の秘匿主義をちらりと開示しているのではないかと思われます。
そして、作者は主人公に対し、絶対に女性の夢の中には立ち入らせません。
ロマンティックな歌詞なので、別にこの主人公を彼女の夢の中に入らせて二人がそこで出会うみたいなことを書いてもいいはずですが、実際は主人公に外からやきもきさせるだけです。
そして、作者は女性が持つ秘匿に自由を与えています。
男性には寝ずに自分を見守っていてほしい、自分が寝ている間も自分を想っていてほしい、でも女性は最後の最後の秘密は明かさないでいいし、そこに遊ぶ自由も持っていていい……という読み方もできるわけです。
なかなか恐ろしい歌詞だと感じました。