「等価交換の実践」でも少し触れましたが、
漫画家の「鬼滅の刃」の吾峠呼世晴先生や「進撃の巨人」諫山創先生は、あれだけの社会現象を巻き起こした作品を発表したにもかかわらず、過去に何らかの代価を払っている形跡がありません。
ということは、代価の後払いタイプです。
恐らくこれからの人生で相当大きな代価を支払うことになるでしょう。
ただ、もしかしたら代価の支払いを免れ、また「カミ」として周りの人間を「御役目」化もさせずに余生を平穏に過ごせる可能性も捨てきれません(カミと御役目については「等価交換の実践」参照)。
仮にそうだとしたら、あれだけの報酬を得た人間がどうやったら代価を支払わずに過ごせるのだろう?
そんなことをぼんやり考えていると、ひとつだけその可能性が浮かび上がってきました。
「形代」とは、人間の身代わりになるモノのことです。
古代より日本では、形代に自分の悪いところをうつし、それを川に流すことで穢れを祓うことができるとされてきました。
有名な「丑の刻参り」はその逆で、誰かの魂を形代(藁人形)にうつし、痛めつけることで相手本体にダメージを与えるとされます。
もしかして等価交換の代価も形代に受けさせることができるのではないか?
ふとそういう考えがよぎりました。
では等価交換においての「形代」とは何になるのでしょう?
例えば「鬼滅の刃」について。
作者は吾峠呼世春氏です。
もちろんこれはペンネームで、本人の名前は知られていません。
仮にAさんとしましょう。
Aさんはかなり徹底した秘密主義者らしく、この時代においても素性は全くといっていいほど明かされていません。
出版社も相当気を使って守っているのでしょう。
一方で、吾峠呼世晴先生の名前は日本人なら知らぬ人はいないほど有名になり、漫画の歴史にも間違いなく刻まれるビッグネームとなりました。
Aさんと吾峠先生はもちろん同一人物なので、吾峠先生が受けるべき「代価」はAさんが受けることになります。
しかし、もしAさんが「鬼滅の刃」一作で漫画家を引退し、吾峠呼世晴をこの世界から消滅させたとしたらどうでしょう?
吾峠先生は2014年デビューなので、2023年の時点でまだ9年のキャリアしかありません。
9歳で亡くなると考えれば、特級等価交換も成立します(「等価交換の実践」参照)。
Aさんが吾峠呼世晴の存在を形代にし、それを消滅させることで特級レベルの莫大な等価交換を成立させ、Aさん自身は等価交換を免れて生きるということはあり得る気がします。
また、それが可能だとすれば他のジャンルにも生かせるし、等価交換を恐れずに能動的に活用することも可能となります。
例えばビジネスマンがビジネスネームを使い会社を運営し、莫大な利益ができたらその会社を売り、ビジネスネームも廃止する……など。
もちろん前提として形代に代価を受けさせることができればの話ですが。
ただこの形代説は検証が難しいのが難点です。
等価交換については有名人の人生をたどれば簡単に検証することができますが、形代を使って等価交換を免れた人がいたとしたら、その後は恐らく一般人として過ごしているので調べようがありません。
吾峠先生にしても、もしかしたら既に等価交換を受けているかもしれませんしね。
ということでこの説は永遠の仮説となりそうです。
もし莫大な利益を得て等価交換に怯えている人がいたら、改名してみるとワンチャン等価交換を免れる可能性があるかもしれません。
もしかしたら昔の人がよく改名したのは等価交換対策だったのかも?