1990年発売
レーベル:アポロン
作詞作曲:徳永英明、篠原仁志
本作は【Radio】というガジェットを軸にして淡い景色が流れていく、いかにも詩といった感じの歌詞です。
本作を読み解くキーはもちろん【Radio】ですが、これにはふたつの意味があります。
ひとつは物理的なモノとしてのラジオ、もうひとつはメタファーとしてのRadioです。
歌詞をよく見てみると、【ラジオ】と【Radio】というふたつの表記があり、物理的なモノを描写しているときは【ラジオ】、メタファーとして表現しているときは【Radio】と表記しているようです。
ではメタファーとしての【Radio】とは何なのか?
【Radio】とは、子供時代~思春期あたりまでは自分に聞こえていた「真実の声」の象徴です。
子供時代には、何が真実か、何が正しいのか、自分はどうあるべきか、といったことがどこからか聞こえていました。
しかし、大人になる過程で、いつのまにかその「真実の声」を自分に伝える【Radio】が壊れていきます。
その状態から歌がスタートします。
ちなみに徳永さんは【ラジオ】を「ラジオ」、【Radio】を「レディオ」と別々に発音しています。
単に表記を変えているだけではなく発音も変えていることから、作中の【ラジオ】と【Radio】が別のものだということが理解できます。
そこら辺も注意して一度聞いてみてから歌詞を読んでいきましょう。
何も聞こえない 何も聞かせてくれない
いきなり主語がなく【何も聞こえない】と始まりますが、タイトルが「壊れかけのRadio」なので【(Radioから)何も聞こえない】という意味だと誰でも分かります。
とても論理的で簡潔な始まり方です。
ではなぜ【Radio】から【何も聞こえな】くなったのか?
僕の身体が昔より 大人になったからなのか
そのまま答えを提示してくれています。
といっても主人公にもはっきりとした理由は分かりません。
ここで「昔(子供時代)は(Radio=真実の声が)聞こえていた」という事実も判明します。
また、子供から大人になったことで聞こえなくなるということから【Radio】=メタファーだと提示しています。
実際にはそんなラジオはありませんからね……。
ベッドに置いていた 初めて買った黒いラジオ
いくつものメロディーが いくつもの時代を作った
ここで作中はじめて【ラジオ】という表記が登場します。
ここでは一瞬本当の【ラジオ】について描写しています。
意味は言葉の通り、【いくつものメロディーがいくつ物時代を作った】ということです。
要するに、初めて買ったラジオでいろんな音楽を聞いていたということでしょう。
ここから、本作での【ラジオ/Radio】=本当のラジオのことだと早合点してしまう人も多いと思います。
思春期に少年から 大人に変わる
道を探していた 汚れもないままに
まず分かるのは、主人公が【汚れもない】ピュアな少年だったということです。
そんな少年が【大人に変わる道を探していた】とはどういうことでしょう?
恐らく、思春期になってだんだん大人の世界の汚い部分も見えてきて、どうやらそれを受け入れないと大人になれないらしいぞと分かってきた。
でもまだピュアな心が残っていてその汚さに心は抵抗している……
じゃあ自分はどういう道を進むべきか?
飾られた行き場のない 押し寄せる人波に
ここがちょっと分かり辛いですので、ひとつひとつの単語を読み解いていきましょう。
【飾られた】という言葉からはあまりいいイメージが浮かびません。
表面的な、中身のない、といった意味だと読み取れます。
【行き場のない】は主人公の心情でもあり、その他大勢の人たちの心情でもあるのでしょう。
【押し寄せる人波】は都会の雑踏や満員電車というイメージが湧きます。
つまり、表面的に着飾った行き場のない人たちの群れに主人公もいるということでしょう。
後で分かりますが、主人公はどうも上京しているっぽいです。
徳永氏も19歳で兵庫県から上京しているので、主人公はある程度徳永氏の分身であると考えてもいいでしょう。
本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio
結局主人公は自分が進むべき道が見えないようで、【Radio】に救いを求めます。
タイトルの印象が強いのでついその前を読み流してしまいがちですが、【本当の幸せ教えてよ】と言っているということは、主人公は今幸せではないということです。
ここで新たな疑問が湧いてきます。
なんで【壊れかけ】なのか?
【何も聞こえない】のなら、【Radio】は壊れているのでは?
個人的には、【壊れかけ】と表現しているのは、主人公の希望がこもっているからだと考えます。
「俺に真実の言葉を届けてくれる【Radio】はまだ壊れていない!また必ずあの声が聞こえてくるはずだ!」という希望です。
そう考えると【Radio】は主人公自身だともいえます。
ここまでの歌詞を読むと、主人公はかなり疲れている感じはしますが、壊れているという印象はありません。
まだこの都会でやっていけるという微かな希望は持っているように思えます。
それは2番からも読み取れます。
いつも聞こえていた いつも聞かせてくれてた
窓越しに空をみたら かすかな勇気がうまれた
主人公は【Radio】からまだ「真実の声」が聞こえてきていた過去を回想します。
そして【かすかな勇気が生まれた】とあるので、やはりまだ希望を持っていると考えられます。
今は【Radio】から何も聞こえなくなったけど、またいつかきっと聞こえてくるはずだ!と。
ラジオは知っていた 僕の心をノックした
恋に破れそうな胸 やさしい風が手を振った
また表記が【ラジオ】になっているので、ここでは普通のラジオのことを言っていると考えられます。
発音も「レディオ」ではなくはっきり「ラジオ」としています。
ここでは、失恋しそうなときにベストなタイミングでベストな曲がかかって励まされた……みたいなことを回想しているのでしょう。
普通の意味の【ラジオ】と自分の関係性を描写しています。
こういう描写を織り交ぜてくるので、つい【Radio】=ただのラジオだと解釈してしまいそうになります。
さらっと読むとまた大人になった主人公が回想しているのかと思えますが、よくよく言葉を拾っていくと違和感を感じます。
仮にこれが現在の大人になった主人公なら【けがれもないままに】という描写は矛盾します。
けがれがなかったら【Radio】から真実の声は聞こえてくるはずですしね。
ではどういうことかというと、ここは恐らく上京したての主人公を描いています。
それを前提とするとすっきり読むことができます。
華やいだ祭の後 鎮まる街を背に
まず【華やいだ祭】とは本当のお祭りではなく、都会の喧噪のことでしょう。
田舎者がいきなり渋谷や新宿に出てくると、まるでお祭りかのように感じてしまいます(僕もそうでした)。
そうした都会の昼間の喧噪が、夜になって嘘のように静まりかえります。
たぶん、ちょっと郊外の自宅に戻ってきたのでしょう。
星を眺めていた けがれもないままに
まだ上京したての主人公は都会の夜の星を【けがれもないままに】眺めます。
ちょっとだけ少年時代の気持ちがよみがえっているのかもしれません。
遠ざかる故郷の空 帰れない人波に
本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio
【遠ざかる故郷の空】は主人公の心情でしょう。
都会に染まりつつある自分の心から【故郷の空】がちょっとずつ遠ざかって行く気がしているのかもしれません。
【帰れない】は、都会で叶えたい夢があるので簡単に故郷には帰れないということだと思います。
ここは徳永氏が歌手を夢見て上京したことに照らし合わせているのでしょう。
【人波】は雑踏のこと。
余談ですが、【星を眺めていた】で視点を上に上げ、そこから「遠ざかる故郷の空】とさらに広げていくという景色のつながりが秀逸です。
最後にまたタイトル回収。
都会に出たてのまだあどけない青年が、夜空の下、既に消えかけている少年時代のピュアな想いに微かな希望を抱いている姿を想像すると胸が苦しくなります。
ギターを弾いていた 次のコードも判らずに
迷子になりそうな夢 素敵な歌が導いた
唐突にギターが登場します。
【ギター】は恐らくミュージシャンになるという夢のメタファーでしょう。
個人的にはここで主題が割れた気がします。
これまでの「都会の雑踏にピュアな心を失いかけてもまだ希望を忘れていない少年」が、いきなり「ミュージシャンを夢見る少年」に変わってしまった感があります。
この部分は本作の疵だと個人的には思います。
さて、この部分の読み方は、【ギター】がミュージシャンになるという夢、【次のコード】が夢に向かって次何をすればいいかわかならい状態。
【素敵な歌】は【Radio】から聞こえてくるもの、これも「真実の言葉」と同じです。
つまり、少年時代、ミュージシャンになるために何をしたらいいか判らず迷子になりかけていたけど、【Radio】から聞こえてくる歌が自分を夢へと導いてくれたということでしょう。
サビのラストだけちょっと歌詞が違います。
遠ざかる溢れた夢 帰れない人波に
本当の幸せ教えてよ 壊れかけのRadio
最後に、主人公はどうやら夢に破れそうになっているようです。
どうもここで主人公が持っていた微かな希望は消えている気がします。
ラストでは【本当の幸せ教えてよ】という言葉にはもう希望がなく、「もう諦めた方がいいのか?その方が幸せなのか?教えてくれよ【Radio】よ」と言っている気がします。
そう考えるとちょっと絶望的な歌に聞こえてきますねえ……
この曲は間違いなく名曲ですが、改めて歌詞をじっくり読んでみると、どうしても主題が割れているように思えます。
前半は比較的普遍的な男の子の物語。
少年時代に持っていたピュアな心を回想し、まだ希望を抱いている青年を描いています。
それが3番になった途端、いきなり「実はミュージシャンを目指す少年の話でした」となり、困惑しました。
最後の【遠ざかる溢れた夢】も、どこかつじつまを合わせたようなツギハギ感がなくもないです。
まあ気にならない人はそれでいいんですが。