八幡謙介ギター・音楽教室in横浜講師のブログ

ギター講師八幡謙介が音楽やギターについてつづるブログ

ヴォイトレに対する懐疑 ヴォイトレってそこまで必要なの?

個人的に、歌に対してずっと興味があり、自分なりに歌とは何か的なこともブログに書いたりしてきて、教室に習いに来てくれるヴォーカリストさんもちょいちょい増えてきました。

そういえばヴォイトレについて書いたことがなかったので、今回はそこを掘り下げてみたいと思います。

ヴォイトレに対する疑念

僕はヴォイトレというものに疑念があります。

本当にやらなきゃいけないの?

やったら歌がよくなるの?

とずっと思っていて、今もそうです。

ちなみにヴォイトレを受けたことは一度もないし、具体的になにをやるのかもよくわかりません。

ただ、ヴォイトレを受けた歌手、ヴォイトレで作った歌(声)はすぐにわかります

なぜかというと、そういう声(歌)は心に響かないからです。

歌がこちらに届く前にヴォイトレで作った声(きちんと製品化されたもの)が届くので、なんか聴く気なくします。

一方でヴォイトレをしっかり受けているんだろうけど歌がヴォイトレに勝っている歌手もいます。

それ以下の歌手は極端に言えば歌より先にヴォイトレの声がこちらに届くので「はいはい、上手い上手い」「頑張ったんだね」「わかったから歌聴かせてよ」となります。

なぜそうなってしまうのかというと、人は(特に日本人は)手段を保険にし、それが信仰になってしまうというやっかいな性質を持っているからです。

<img src=”vocal.jpg” alt=”ヴォイトレを積んだ歌手”>

ヴォイトレという手段がいつしか保険に変わり、やがて信仰となる

歌手になりたい、歌が上手くなりたい、だからヴォイトレに通う……ここまでは手段です。

それがいつしか、ヴォイトレさえやっておけば大丈夫ヴォイトレに通ってるから安心、という保険に変わります。

そして最後には、私はヴォイトレをきっちりやった、だからいい歌手のはず、いい歌のはず、なのに私が売れなくてヴォイトレの基礎もできてない歌手が売れるのはおかしい!という信仰に変わります。

本人がそう思っていなくてもリスナーは、「あーこの人にとってはヴォイトレが信仰なんだろうな」とすぐに察知します。

いわゆる上手いだけの歌、響かない歌がそれです。

じゃあヴォイトレは必要ないの?

じゃあヴォイトレが必要ないかというと、たぶんやった方がいいものなんだとは思います。

ただし、それをきっちり手段にできるなら、です。

もし「ヴォイトレをちゃんとやったら自分も歌手として評価されるかも?」「ヴォイトレやったら売れるかな? 再生数上がるかな?」と考えているのならそれはもう保険としてみているのでやめといたほうがいいでしょう。

そんなもんで歌がよくなるなら誰も苦労はしませんし、みんな売れてます。

 

既にヴォイトレをきっちり学び、習得したのに歌が全然よくならない、よくなってる気がしない、客観的に見ても自分は上手いはずなのにファンが増えない……そういった方はヴォイトレで学んだことが足かせになっていると思われます。

これは想像ですが、おそらくそういった歌手の方はヴォーカル界にどっぷりと浸かりすぎているのでしょう。

そこを一度出て外の空気を吸って別視点を持つことができれば変わると思います。

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