ジャズの世界でしばしば「サジェスチョン」という言葉が使われます。
suggestion
提案、提言
ここでは「提案」で統一しましょう。
以下、提案する=サジェストする、と表現します。
さて、ではジャズの演奏の中で誰が何をサジェストし、そこにどういう効果が生まれるのか。
楽器、場面などなど例はいくらでもありますが、ここでは以下の楽曲を例に解説してみましょう。
アーティスト:Hank Mobley
アルバム:Workout
楽曲:Greasin Easy
- アーティスト: Hank Mobley
- 出版社/メーカー: Blue Note Records
- 発売日: 2006/08/21
- メディア: CD
- 購入: 1人 クリック: 6回
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本ブログで度々ご紹介しているアルバムです(同じアルバムから解説した方が読者にとっても効率がいいので)。
ちなみにメンバーは、
Sax:ハンク・モブレー
P:ウイントン・ケリー
G:グラント・グリーン
B:ポール・チェンバース
Dr:フィリー・ジョー・ジョーンズ
というバップ期のスターたちです。
ドラムとベースはコルトレーンの「Blue Train」コンビです。
ここは後述するので覚えておいてください。
さて、楽曲はミディアムテンポのFブルース(テーマはオリジナル)。
ハンクの暖かく力強いソロが終了し、次はグラント・グリーンのソロです(2:17)。
ここでいきなりテンポが倍になっています。
いわゆる「ダブルタイム」(Double Time)というジャズのギミックです。
和製ジャズ用語だと「倍テン」(倍のテンポになるから)とも言います。
テンポは倍の速さになってるけど楽曲そのものを倍の速さで演奏するわけではありません。
その辺の説明はちょっと面倒なので省略します。
気になる人は「倍テン ジャズ」「ダブルタイム ジャズ」などで検索してください。
ダブルタイムの中、グリーンのペンタ主体の渋いソロが展開されていきますが、あるとき一気に元のテンポに戻ります。
重要なのはその直前、ピアノのウイントンが見事に「サジェスト」している部分です。
3:03あたり、コーラス終わりでピアノがかなり力強く「チャッチャ・チャッチャ・チャー」と弾いているのが分かるでしょうか?
これが「サジェスチョン」です。
何をサジェストしているかというと、『なあ、そろそろテンポ元に戻さへん?』と言っています。
え、なんでそんなこと分かるの?
勘違いじゃないの?
と思うかもしれませんが、これはいわゆる「ジャズ語」というやつです。
ジャズ語がわかる人にはそう聞こえます。
もちろんジャズミュージシャンなら絶対分かるし、プロなら必ず反応します(それができなければ仕事来ないでしょう)。
で、ウイントンのサジェスチョンがあり、それを受けたバンドは全員がピタっと元のテンポに戻っています。
もちろん、グリーンも元のテンポに合わせてフレージングを変えています。
まあグリーンのソロでそうしようぜと最初に決めていたのかもしれないですが、それでもここまで見事にサジェストし、全員がそれに応じられるというのはそう簡単ではありません。
同じような場面でソロだけ気づかずにダブルタイムを続けていてリズムセクションに失笑され、知らない間に評価を落とすということがセッションではよくあります。
ウイントン・ケリーはこのサジェスチョンの名手で、ウエスとの演奏でもよくやっています。
ジャズギター好きの人はウイントンのサジェストを探してみましょう。
最後にダブルタイムについて。
この演奏と全く同じことをコルトレーンの「Blue Train」で行っています。
- アーティスト: John Coltrane
- 出版社/メーカー: Blue Note Records
- 発売日: 2003/07/18
- メディア: CD
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Blue Trainが1957年、Workoutが1962年録音。
モブレーがフィリージョーとチェンバースに「ねーねー、アレやってよアレ」とせっついたのか、フィリージョーとチェンバースがいたずら心で「おい、アレやろうぜアレ」と入れたのか、その辺は分かりませんがあれこれ想像すると楽しいです。
ジャズの演奏にはこうしたサジェスチョンがいくらでもありますが、ぼーっと聴いているとわかりません。
僕自信も何度も聴いている演奏にもまだまだ知らないサジェスチョンがあるのでしょう。
そういった、何が起こっているのか、誰が何をなんのつもりでやっているのかをじっくりと探りながら聴いていくのもジャズの醍醐味のひとつです。
とはいえ、そういうのばっかり探しているとよくいるめんどくさいジャズファンになっていくので気を付けないといけないですが。