実力があり、それが他人に認められている人は批判や愚痴を言わないとよくいわれます。
そういえばあまりこのことについて考えたことがなかったのですが、改めて思い出すと、これって嘘ですね。
実力も名声もあり、世間に認められている人でも普通に批判や愚痴を言いますよw
ただし、表だっては言わない、というか言えないだけです。
立場上やばいですからね。
また、そういった人たちは、愚痴や批判を注意深く管理し表に出さないようにしてきたからその地位にたどりつけたと考えることもできます。
実際に自分の発言やイメージを徹底的に管理し、それでファンを獲得している人を何人か知っています。
芸能人なんかはその道のエキスパートですね(僕が知っている人は芸能人ではありませんが)
他人に認められている人には必ず人徳が備わっている、そうあるべきだという考え方は、儒教から来ているのでしょうか?
あるいはそれを言う人本人の信条や理想なのかも知れませんが、実際は違います。
恐らく、そののような理想を持っている人は、実力者と表面的にしか仲良くなったことがないのでしょう。
そして、SNSやライブ後のちょっとした会話など表面上のやりとりで相手を「批判しない、愚痴をこぼさない人格者」だと簡単に判断してしまっているのではないでしょうか。
『ライブ後に○○さんと話した、めっちゃいい人だった』とか、『SNSで○○さんから丁寧な返信が来た、いい人だ』みたいな声をよく聞きます。
単純な話で、その状態は、まだ相手があなたを警戒していたり、お客さんだと認識しているにすぎません。
だからニコニコして聖人君子のようなことしか言わないのです。
残念ながら(というか当然ですが)アーティストのイメージ戦略にまんまとはまってしまっただけです。
とはいえ、それが戦略であるかどうかはなかなかわかりませんが。
世間的に人格者で通っているミュージシャンが、実は裏では毒吐きマシーンだったという例はいくらでもあります。
まあ、アーティストは相当警戒し、イメージをコントロールしますから、そういった例を実際に見ることはなかなか難しいのですが、もっと有名な人なら自伝や伝記などを読めばそれなりに深いところまで知ることができます。
例えば、マイルス・デイビスの自叙伝には愚痴や批判がよく出てきます(あれ、実力者は愚痴や批判を言わないのでは???)。
僕は伝記ものはあまり読まないのですが、他にも読んでみるとアーティストの以外な一面がわかりそうですね。
結論から言うと、愚痴や批判なんて誰でも言いますよw
それを隠すか、相手を選ぶか、表に出すか、人によって違うというだけです。
そもそも芸術をやり、それで世間に認められるまでになった人間に人格者なんかいませんってw
そう見えているのは相手の策略と自分の理想(妄想)が不幸にもうまくかみ合ってしまっただけです。
そうしてアーティストの表面だけを見て人格者扱いし、後にどこかでその理想像と違う部分を発見し、「裏切られた」と騒ぐのです。
それがめんどくさいので、僕はイメージ戦略をとっていません。
いい人ぶってたら今の3倍は仕事あったでしょうけどね。