八幡謙介ギター・音楽教室in横浜講師のブログ

ギター講師八幡謙介が音楽やギターについてつづるブログ

失敗をデータだと思えたら次につながる

何かを続けていれば必ず失敗を経験します。

そのときに、感情をもっていかれるといろいろめんどくさいことが起こってきます。

誰でも失敗したら落ち込んだり悲しくなりますが、そのせいで立ち直れなくなってしまうと先へ進めません。

そうならないためには、失敗をデータだと思うようにしましょう。

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データを取るという行為は、それ自体が未来を志向しています。

次どうするか、大局的なゴールに向かって今回の失敗をどう捉えるか、そのために人や企業は記録をするのです。

だから失敗をデータとして考え、記録するだけで、自然と「次はどうしようか」という思考につながります。

次を考えることができれば、少なくともそこで終わるということはないでしょう。

 

では仮に失敗が何度も重なったらどうするか?

数度の失敗ならデータとして記録(記憶)し、次につなげることもできるでしょう。

しかしさすがに何度も続いてしまうと心が折れそうになります。

また、失敗が続くと自然と全人格的な自己否定につながってしまいます。

こうも失敗が続くのは自分のスキルが未熟なんじゃなく、自分という人間そのものに根本的な欠陥があるのではないか?

また、自分という人間自体が今やっていることに向いていないのではないか?

だとすると自分は時間を無駄にしているのではないか?

どうしてもそういった考えに陥りがちです。

これもやはり失敗をデータとして捉えることを放棄したから起こる現象だと思います。

 

何かをデータとして記録する際、必ず論理的思考が伴います。

仮にそういった思考法が苦手だったとしても、失敗をデータとして記録する際、いきなり「自分がダメだからだ!」とはならないはずです。

まずは失敗の原因を探る作業に入るでしょう。

仮にそこで答えが出なくても構いません。

なぜなら失敗の原因を探っている時点で、自分の人格と失敗を切り離せているからです。

だから、仮に失敗の原因を突き止められなくても、データとしてそれを記録しようとするだけで失敗を小さく捉えることができ、その結果落ち込みはしても心が折れるということはなくなります。

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最後に、失敗をデータ化することで、失敗=無駄という考えを改めることができます。

失敗を単なる失敗と捉えているだけだと、それらを無駄だと一蹴してしまいがちです。

また、無駄だと思うから自己嫌悪や自己否定に陥りやすくなります。

失敗をデータとして捉えると、いずれ同じ問題がまた現れたとき「あ、これはあのときのやつだな。データではあのときこうしたから失敗したとある。じゃあ別の方法を探してみよう」と同じ失敗を回避することができます。

もちろん、それで成功しないケースも多々ありますが、それも新たなデータとして記録しておきます。

そうすると、ひとつの問題に対し、失敗A、失敗B、失敗C……とデータが蓄積されていき、そこからぼんやりと成功への方法論が浮かび上がってきます。

だから失敗をきちんとデータ化しておくと、失敗が無駄にはなりません。

失敗をそのまま放っておき、過度に感情的になることこそ無駄です。

 

僕自身も、こうして失敗をきちんとデータ化することで、生徒さんの気持ちが分かるようになりました。

そのフォームならここが痛いだろうなとか、ピックが引っかかる感触があるはずだとか、何を勘違いしてそういったフォームになってしまったのかなど、自分の失敗データと照らし合わせるだけで手に取るようにわかります。

そうすると生徒さんも、「ちゃんと分かってくれている」「先生も同じ経験をしたんだ」と安心して続けてくれます。

だから僕にとっては成功よりも失敗(の詳細なデータ)の方が大切です。

今では何かを研究していて、失敗したら「よっしゃ!」と嬉しくなり、逆に安心します。

なぜなら、それを将来活用する方法を知っているからです。

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