八幡謙介ギター・音楽教室in横浜講師のブログ

ギター講師八幡謙介が音楽やギターについてつづるブログ

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「理解」には2種類ある

物事の「理解」には2種類あります。

ひとつは対象を解体して自分本位に変化させる理解、もう一つは対象に合わせて自分を変化させていく理解。

 

例えば、自分の知らない何かに出会ったとします。

それに対して、今の自分のスキルや知識だけで対応するとします。

対象について十分な知識やスキルがある(あるいは知識もスキルもさほど必要でない)場合は問題ありません。

しかし、対象が完全に自分の許容範囲を超えている場合、それを自分のレベルまで解体しなければなりません。

そうすると、対象の価値を下げたり、本質を見落としてしまいます。

こうした理解は、ネットに多く見られます。

なぜなら、ネットはスピードが命だからです。

ネットでは今すぐ反応することに価値があります。

だから対象を今の自分のレベルで判断する必要があります。

今の自分のレベルで判断できるものなら構いませんが、それ以上のものなら大事な情報を見誤ってしまう可能性が高いです。

これらはネット時代の弊害のように思えますが、牽強付会、我田引水といった言葉もあるので、昔からそういう人は沢山いたのでしょう。

 

一方、対象が自分の許容範囲を超えているとき、その対象に自分を合わせていく人もいます。

対象について調べる、習う、それに見合ったスキルを身につけようとする……。

そうすることで対象をできるだけ解体せずにそのまま理解できるようになります。

しかしこちらは時間と忍耐と恐らくお金がかかります。

ネット時代には歓迎されない理解ですが、こうしたい理解が習慣になっている人もちゃんといます。

 

自分がどちらの理解をしているのか、なかなか自分では分かりません。

情報だけ仕入れて、ふと気がついたら中身が全然伴っていなかったとしたら、前者の対象を解体する方法で理解していたということになります。

ふと気がつけばライバルがどんどん消えていって、自分だけが生き残っていたという場合は、ちゃんと対象に合わせて成長しながら理解していたということになります。

どっちを選ぶかは自分次第です。

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