八幡謙介ギター教室in横浜講師のブログ

ギター講師八幡謙介が音楽やギターについてつづるブログ

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誰かを見返してもそこには何もないので、努力のモチベイションは自分の中に設定するべき

バカにされたりからかわれたりして、「いつか見返してやる!」と一生懸命努力し、結果自分が成長できたという話はよくあります。

こういった話はだいたい見返すことに成功したところでゴールとなるので(それが一番ドラマティックでハッピーだから) その後が語られずに終わってしまいます。

ではバカにされ、努力してその相手を見返した後、人はどうなるのでしょうか?

その後はずっとハッピーで、勝者としてバラ色の人生が待っているのでしょうか?

そんなことはありません。

 

アメリカに留学する前、英語を勉強していたのですが、「お前に英語がしゃべれるのか?」「お前の先生はちゃんとしゃべれるのか?」などといちいち小馬鹿にしてくる人がいました。

ちなみにその人はその時点で英語はしゃべれませんでしたし、今もしゃべれません。

その後留学し、一時帰国してもやはり「お前英語しゃべれるようになったのか?」「ちょっとしゃべってみろよ」などとからかってきます。

その人はもちろんしゃべれません。

ちなみに僕は、留学している間絶対に英語だけはちゃんとマスターしようと思い、日本語の通じる環境に身を置かないなど、けっこう努力しました。

その背景にはたぶん上記の人の影響があったと思います。

ちゃんと考えたわけではありませんが、絶対に英語を身につけてあいつを見返してやろうという意識がどこかであったと思います。

そうこうしているうちにアメリカ留学も終わり、ヨーロッパ滞在も打ち切って帰国しました。

そしてその人と頻繁に顔を合わせるようになると、どうやら僕が英語をきちんと習得したらしいということに気づいたのか、以前みたいにからかってくることはなくなり、英語の話になると急におとなしくなって居心地悪そうにするようになりました。

また、その人が海外のお店などとコンタクトを取らないといけなくなったとき、僕に通訳や翻訳を頼んでくるようになりました。

単純に考えると僕は彼を見返したことになるし、僕の勝ちです。

 

物語ならここでハッピーエンドですが、現実はそうでもありません。

その人は僕に過去の言動を謝ってくれていないし、からかいなんて何もなかったかのようにのうのうと過ごしています(まあこちらも過去のことを責めたりしてませんが)。

それどころか、英語以外に新たに僕をからかい、バカにするネタを見つけるのに必死でした。

そうした姿を見て、「こんなアホを見返すために俺は必死で努力してきたのか…」と心底虚しくなりました。

今でももっと楽しく英語を勉強したらよかったと思っています。

 

このように、人をバカにし見下す人間は非常に狡猾です。

彼らはバカにしていた対象が実力を付けたのをかぎつけると、すぐに態度を曖昧にしたり、またそれ自体をバカにしてきます。

例えばギターが下手なことをさんざんバカにしてからかってきた相手にいざ抜かされると、今度は「まだギターなんかやってんの?」「いつまで夢見てるんだよw」とギターや音楽自体をバカにしてきたり。

(もちろん内心は悔しくてたまらないのでしょうが)。

 

こういった人間を見返すことに何の意味もありません。

また、実際に見返したときにあまりの馬鹿馬鹿しさに燃え尽き症候群になるケースもあるでしょう。

そうならないためには、努力のモチベイションを自分の中だけで設定するべきです。

僕は幸い燃え尽き症候群になったことはたぶんありませんが(あったとしても立ち直っている)、それは努力の中に自分だけの楽しみもあったからだと思います。

英語の件でいうと、あいつを見返してやりたいという一方で、英語って格好いいな、英語で映画や歌詞が理解できたらいいな、英語できると旅先でいろんな人とコミュニケイション取れて楽しいなというモチベイションが常にありました。

 

誰かを見返すことは確かに強いモチベイションにはなります。

しかし、その先には何もありません。

あと、見返したからといってその相手は素直に謝ってはくれません。

(そんな素直な人なら誰かをバカにしてからかったりしません…)。

だからそうしたしょうもないことをモチベイションにせず、自分の中に楽しみながら努力できるきっかけを見つけましょう。

そうすると努力もできるし、長続きします。

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