八幡謙介ギター教室in横浜講師のブログ

ギター講師八幡謙介が音楽やギターについてつづるブログ

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質問への回答5

peing.net

 

<回答>

質問者様が出会ってきたようなギター講師は、残念ながら一定数います。

生徒さんの悩みや問題に対し原因を究明する意欲がない、解決するための明確な道のりや必要な練習方法を提示できない、あげく生徒さんの自己責任論で逃げる……。

こうした先生のメンタリティは、おおよそ次のようになっています。

 

俺は弾ける→その俺に習っているんだから君も弾けるはず→弾けないのは君のせい(だから俺は悪くない)

 

よく言われる「できない人の気持ちがわからない」という状態です。

さらに、自分は弾けるということがレッスンの保険となっています。

俺の言うことは間違っていない、なぜなら俺が弾けるから…という理屈です。

だから弾けない人の気持ちをくみ取ろうとしないし、弾けない人のために新たなメソッドを考案しようともしません(めんどくさいですからね)。

 

実は僕もそうした講師にたくさん習ってきて、その都度うんざりしてきました。

だから自分が教えるようになってからは、生徒さん一人一人の問題ときちんと向き合い、分からないことは考え、自分で研究し、対応するようにしてきました。

ただ、そこまでするには時間と労力が必要で、もし僕が自分の音楽活動の傍らレッスンを行っていたとしたら、そこまでできたかどうかはわかりません。

 

質問者様の要求(お金を払っているのだから問題に対する明確なプランを示してほしい)は消費者として完全に正しいです。

そして、講師はお金をもらっている以上、その要求に応える義務があります。

少なくとも僕はそう考え、レッスンを行っています。

もちろん今の僕には解決できない問題もありますが、そのときは「今はわからない」と言いますし、少なくとも安易な自己責任論や楽観論でうやむやにすることはありません。

 

ただし、楽器の習得や問題の解決は、最終的には自己責任となります。

仮に講師の示したプランが完璧でも、生徒さんが全然練習しなかったら何も進みません。

また、楽器の習得は練習量と比例するものではなく、適切な休息が必要となります。

そういった意味から「練習不足」とか「もっと気楽に」とアドヴァイスするケースもあります。

(そういったアドヴァイスを指導力不足のいいわけに使わないよう十分気を付けてはいますが)。

 

最後に、僕のメソッドは「誰でもできる(上達する)」ものかというご質問について。

正確に言うと、この場合の「誰でも」は、音楽的才能がある人もない人も、手が大きい人も小さい人も、筋力がある人もない人も、男性でも女性でも、若くても歳とっていても習得は可能という意味です。

相手を選ばないという意味の「誰でも」であって、「誰でもできるほど簡単で易しい」という意味ではありません。

もちろんそこに本人の努力(練習時間の確保、継続してレッスンに通う)は必ず必要となりますが、それは学生や社会人でも十分可能なレベルです。

具体的に挙げると、レッスンを月3回受講し、1日30分~1時間程度の練習を週5日程度継続できればOKです。

(プロを目指す人はそれでは全然足りませんが、それは別の話)。

 

ギター講師にはもううんざりされているかもしれませんが、もしよければ一度教室にお越しください。

yahatakensuke.com

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