八幡謙介ギター教室in横浜講師のブログ

ギター講師八幡謙介が音楽やギターについてつづるブログ

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誰かに何かを証明するために音楽をやっても虚しいだけ

音楽や他のことをずっと続けていると、だんだん好きでやっているのか何かを証明するためにやっているのかが分からなくなってきます。

例えば、自分が「本気」であることを誰かに証明するためだけに続けていたり、自分の技術を証明するために好きでもない楽曲やジャンルを演奏したり、本当はそんなにツアー回りたくないのにライブバンドであることを証明するために無茶なブッキングをしたり、音へのこだわりを証明するために高価な機材を無理して買ったり……。

そうやって疲弊していって体を壊したり、借金で首が回らなくなったり、音楽が好きじゃなくなった人はけっこう多いのではないかと思います。

 

無理を重ねて何かを証明しようとする心の奥には承認欲求が必ず存在します。

認められたい、そのために○○を証明する、証明したら認められるだろう……

そういう公算がどこかであるのでしょう。

 

しかし、その何かを証明してもほとんどの場合認められることはありません。

余計にスルーされるか、あるいはさらに無理難題をふっかけられるかのどちらかです。

例えばライブで全国を回り、ライブバンドであることを証明したとしましょう。

そうすると次に言われるのは、「1回回ったぐらいじゃダメ」「ハコが小さいからダメ」「スケジュールがゆるい」。

それを真に受けてもう一回きつきつのスケジュールで全国を回り、会場もグレードアップしたとします。

そうすると次に言われるのは「日本でしかツアーできないなんて雑魚、海外行ってこそ本物」など、どんどん要求が大きくなってきます。

ではそうした批判や煽りを全部真に受けてクリアしたとしたらどうなるか?

「何俺らの言うこと真に受けてんの?」「煽り耐性なさすぎww」と嘲笑されるだけです。

このように、自分(達)の意気込みやステータスを証明する行為はどこまで行っても終わりがなく、満たされることはありません。

それでも何か少しでも残るものがあればいいのですが、そうなることはまれでしょう。

下手をすれば借金、体の故障、修復不可能な人間関係など、負の財産しか残りません。

 

そうならないためには、まず「証明」という考え方を捨てるべきです。

そもそも、音楽にしろイラストや動画配信などは何かを証明するために行うものではありません。

まず自分が楽しんで、そして人も楽しませて、できればお金を稼いで、だんだん規模が大きくなってくるとしがらみやトラブルも増えますが、それでもやはり証明するものではないでしょう。

また、証明すれば売れる、認められるというのも間違った考え方です。

 

芸術を長く楽しむためには、変に外を意識するよりもまずは自分としっかり向き合い、自分の欲求や特性を知ることが大事です。

僕の場合、体弱いからツアーとか連日ライブとか無理、何かを研究するのが好き、文章を書くとわりと反応がいい、といったことがちょっとずつわかってき、今のような活動に落ち着きました。

おかげでかなり楽です。

まあそこにごちゃごちゃ言ってくる人もいますが、無視して自分のやりたいことだけ続けています。

不思議なことに、そうすると逆に認められるようになってきました。

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