アーティストやクリエイターは主語から「自分」を除外すると必ずいい変化が訪れる

アーティストやクリエイターの人、これからそれらになりたい人は、自分が考えたり話したりする時、主語から「自分」を除外すると必ず良い意味での変化が訪れます。

多くの人、特にアマチュアはパフォーマンスや創作を準備する段階で、主語が「自分」になっていると思います。

 

僕はこれがやりたい

私はこうしたい

俺はこれがかっこいいと思う

私はこう思われたい

etc

 

もちろんこれはある意味普通のことです。

だからこそ、そこにある落とし穴に気づけずに、多くの人があるレベルでとどまってしまうのです。

 

言うまでもなく創作物やパフォーマンスは他人に見せるものであり、他人がその価値を決めます。

できるだけ多くの他人が価値を認めてくれないと創作物は売れないし、パフォーマンスに人は呼べません。

そう考えたとき、主語が「自分」である事がどれだけ危険かが見えてくるはずです。

例えばアーティスト活動でなくても、少人数のグループで何かを行う時、「自分はこうしたい」と主張して全員がそれに賛同する事はなかなかないですよね。

それどころか、あいつは自分の意見ばかり言いやがってと反感を買うことの方が多いはずです。

原理的にはそれと同じで、自己主張の強い作品やパフォーマンスには基本的に人は関心を持ってくれません。

仮に自己主張の甚だしい作品があり、多くの人がそれに関心を寄せていたとしても、よく見ると利他的な要素の方が多いというケースがほとんどでしょう。

 

さて、そこで主語を「自分」以外に置き換えてみます。

するとどうなるかというと、考えが疑問形に変わっていきます。

例えば、

 

俺はこう思う

 

という考えがあったとします。

その主語を〈リスナー〉に置き換えると、

 

リスナーはこう思う

 

となりますが、ここで終わる人はまずいないでしょう。

なぜなら、リスナーがどう思うかは自分にはわからないからです。

だから、主語を〈リスナー〉にすると、

 

リスナーはどう思う?

 

という疑問が生まれます。

この疑問があることでメタ視点が生まれ、作品なりパフォーマンスなりを多角的にイメージし検証することができるようになってきます。

これが当たり前になってくれば、少なくとも主語が「自分」である時よりは数段レベルアップできるはずです。

 

ただ、日本語は主語を省略できる言語なので、よくよく考えないと何を主語にしているのか分からなくなる時があります。

そういった時は、やりたいことや思っていることを一旦書き出して、それに一つ一つ主語をつけていってみましょう。

たとえば、

 

楽しみたい→自分が楽しみたい

盛り上がりたい→自分たちが盛り上がりたい

 

など。

そしてそれを〈リスナー〉や〈観客〉、〈読者〉、〈視聴者〉などに変換してみましょう。

 

自分が楽しみたい→観客を楽しませたい

盛り上がりたい→観客を盛り上げたい

 

そうすれば必ず「じゃあどうやって?」という新しい疑問や視点、考え方が生まれてくるはずです。

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