音楽と文学は合わない それぞれの手順の違い

音楽と文学は合いそうで意外と合いません。

僕自身音楽と文学がずっと好きで、音楽は早くから活動し始め、文学は2012年ごろから創作を始めました。

そして、やっとそれぞれの方向性が全然違うということがわかってきました。

音楽も文学も他者に働きかけるものであることに違いはありません。

そういった意味で全く同じだと思っていたのですが、それぞれでは他者(社会)へと到達する手順が全く違います。

音楽はいきなり他者へと働きかけます。

目の前の人に「なあ、俺はこう思うんだがお前はどう思う?」と話しかけるのと同じです。

一方で、文学はまず自分の心の中に潜ります。

他者も社会もない自分の心に深く深く潜っていった先に到達点があり、そこを超えるとなぜか他者がいて、社会への扉が開かれているということに気づきます。

音楽は今すぐ他者や社会に訴えかけようとするので、時代とチャンネルが合えば爆発的な共感を呼ぶことが可能です。

一方で時代が変われば忘れ去られる可能性もかなり高いと言えるでしょう。

文学がなぜ最初に自分の心に潜っていくのかというと、時代を超えた普遍的な人間を描きたいからです。

自分という人間の心の奥底に秘められたものは、実は他の人間にも共通していて、それはしばしば時代や国、性別、境遇などに左右されない普遍性を持っているということを、文学は長い時間をかけて発見してきました。

ですから、そういった普遍的な何かを描くための方法論として、外に向かうよりも内へ内へと潜るのです。

とは言え、いくら自分の心でもその奥底まで踏み込む事はそう簡単ではありませんが。

 

そう考えると、音楽と文学は全然合わないということがよく分かります。

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