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プロモーションありきの創作は作品の質を低下させる

現代では、個人がプロモーションを行うためのツールが揃っています。

それはそれで素晴らしいことだし、その恩恵に預かる事は何ら問題はないのですが、使い方の順序を間違えると創作にまで影響を及ぼすのではないかと僕は思います。

順序とは、まず作品があり、そのためのプロモーションであるということ。

個人がプロモーションツールを手にすると、その順序が逆になり、プロモーションありきの創作になってしまう傾向があります。

例えば楽器の「弾いてみた」で考えてみましょう。

自分がどうしても弾きたい楽曲があり、それを練習し、発表できるレベルになった時に撮影して公開するのがある意味正しい順序といえるでしょう。

では、プロモーションありきになるとどうなるか? 

おそらく自分が好きな曲というよりは、閲覧数やコメントが伸びそうな楽曲を選ぶはずです。

発表されたばかりでまだ誰もやっていない曲、検索されやすい曲、視聴者が驚いてくれそうな曲などなど。

 

確かに、そうした作戦は悪いとは言えません。

しかしプロモーションありきで楽曲を選ぶことにより、自分の中の情熱がほんの少し削られた状態で創作することになります。

そのほんの少し分だけ削られた情熱を、受け手は敏感に感じています。

自分の中にある創作への情熱を100%形にするためには、作品が完成するまでプロモーションを度外視する必要があります。

そうして自分の中の情熱を全て出し切って完成した作品をどうやってプロモートするかを改めて考えればいいのです。

「ギタリスト身体論」「ギタリストのためのハーモニー」は間違いなくそうやってつくりました。

だから読者の琴線に触れるレベルに到達できたのでしょう。

恥を忍んであえていうと、その後に作ったもの(教則本、小説、動画など) はほとんどすべて創作段階でプロモーションのことを考えていました。

といっても、手を抜いたつもりは全くないし、情熱が削られたという実感もありません。

しかし、無意識のうちに何かが欠けていったのでしょう。

だからそれほどリアクションも起こらず、中には「これはいける!」と確信したのに完全にスルーされているものもあります。

 

完全に個人で創作しているとすれば、誰の意見も聞かず100%自分の情熱を形にできるという強みがあります。

そこを生かさずに、中途半端な知識でプロモーションを創作に持ち込むと、必ず作品の質は落ちてしまいます。

プロモーションは作品が完成した後に考えればいいのです。

そうすれば結果は自ずとついてきます。

これは自分に対する教訓です。

ギタリスト身体論 ー達人に学ぶ脱力奏法ー

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CDB166 ギタリストのためのハーモニー 耳コピで学ぶオンガクのしくみ

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