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「できないやつが言うな」は正論ではない 

誰かに意見されたときに、よく「できないやつが言うな」「じゃあやってみろ」と反論する人がいます。

一瞬正論を言っているように錯覚してしまいますが、実は全くそうではありません。

物事には、当事者にしか見えないものもあれば、他人にしか見えないものもあります。

そして、多くの物事はそうしたさまざまな視点を駆使して、より良いものにしようと工夫がなされています。

音楽で言うと指揮者はざっくり言うと〈できない人〉です。

もちろんそれは音楽的能力が低いといった意味ではなく、指揮者がオーケストラのすべての楽器を全てのプレイヤーより上手に弾く事はできないという意味です。

しかし、指揮者はすべての楽器のすべてのパートをより良いものにするためのアドバイスができます。

また、そうした指揮者のアドバイスに対し「できないやつが言うな」、「じゃあお前がやれ」などと言うプレイヤーは、少なくともプロにはいないでしょう。

もちろん指揮者も「弾けないのに偉そうなこと言ってすいません」などといちいち思わないはずです。

このように、お互いのポジションがはっきりしていれば、無駄な衝突も起こらず良い音楽をスムーズに作っていくことができます(もちろん現場はいろいろあるのでしょうが)。

漫画や小説でいう作者と編集者の関係性も同じでしょう。

問題は、そうしたポジションがはっきりしない場合です。

例えば、誰かのアイディアに対して反論をした時、たとえそれがアイディアの強度を図るための建設的な反論であったとしても、「じゃあお前がやれ」と言われ、その言葉がその場全体に重くのしかかり誰も意見できなくなるということが多々あります。 

そうなると、一部のあるいはただ一人の「できる人」の意見しか通らなくなり、偏ったものが出来上がっていきます。

 

そうならないためには、まず「できない人」が意見することの正当性を認識するべきです。

それは、「できる人」が「できない人」に歩み寄るとか、レベルを下げるといった話ではありません。

「できる人」が「できる人」の認識のまま「できない人」の意見に耳を傾けるということです。

また、「できない人」は卑屈にならず、今のレベルで自分が見えていることについて意見を出すべきです。

もちろん、それでもポジションがはっきりしていなければ衝突は必ず起こるのでしょうが。

 

個人の話で言うと、「できる人」の意見しか聞かないという人は、視野を相当狭めているということに気づきましょう。

音楽で言うと、「できる人」とは、自分と同じ楽器で同じジャンルを演奏するごく少数の人、その中でも自分が気に入った(認めた)人に限られます。

そういった人の意見しか聞かないでいると、考え方やアプローチが偏っていくのは明白です。

 

ただ、「できない人」の意見がすべて有意義かというとそうではないケースが圧倒的に多いのは事実です。

そこで気持ちが折れて、やっぱりできる人の意見だけ聞こうとなってしまうことも多いのでしょう。

ある程度歳を重ねると、できる人もできない人も、耳を傾けるべき意見はなんとなく選別できるようにはなってきますが。

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