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ギター教室 横浜 八幡謙介ギター教室講師のブログ

ギター講師八幡謙介のギター、音楽感をつづるブログ

練習は歴史にするべきだが神話にするべきではない

練習を積み重ねていくと、いつしかそこに歴史が生まれます。

その歴史は、現在の自分を定義し未来の自分へと進める力を持ちます。

ですから、楽器等の一生練習がつきまとうジャンルでは、練習してきた内容を歴史にする必要があります。

それは難しいことではなく、何をやったらどうなったのかをできるだけ詳しくまとめるということです。

意外とそういったことをしている人は少ないのではないでしょうか? 

一方で、練習を神話化したがる人はかなりいます。

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例えば、1日12時間練習しただの、15時間練習しただのといった話や、練習しすぎてぶったおれた、腕が壊れた、などなど。

最初から神話にするつもりでそういった練習を行う人や、後から脚色をして神話化する人もいます。

 

では、神話と歴史は何が違うのでしょう? 

歴史は厳然たる事実の積み重ねであり、そこから何らかの法則や教訓を抽出し未来に活かすことができます。

また、歴史は常に冷めた視点、冷めた思考を要求されます。

一方神話は、事実が抽象化され、詩となります。

その詩は人を高揚させ、時に思考を奪います。

だから神話は、独善的、排他的となる傾向があり、さらに未来を曇らせる作用があります。

なぜなら、人がこれからつくる未来よりも神話の方が尊く、気高いからです。

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過去の練習自慢をよくする人は、その練習が既に神話となっており、そこへ帰ろうとしているのでしょう。

一方、「昔はこんなバカな練習をしてたけど全然役に立たなかったよ」などと自嘲する人は、きちんと練習を歴史としています。

 

練習を神話化するのはやめ、きちんと歴史にしましょう。

ただ、そのためには膨大な時間が必要となりますが。

最低でも10年ぐらいはやらないと歴史は生まれないでしょう。

まだ若いうちから練習を神話化したがっている人は、歴史が生まれるために必要な膨大な時間をすっとばしたいと暗に考えているのかもしれません。

これも、思考を停止させる神話の作用のひとつでしょう。

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