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「やらない」という行動 「やらない」を試さないと本当のことは見えてこない

何事も行動しないと先に進めません。

だから、考えるよりも行動することが重要です。

もちろんそんな事は誰でもわかっていますし、僕も出来る限りそうしてきました。

一方最近では、「やらない」も大事な行動であるということがわかってきました。 

 

人は行動しているとき、ある種の興奮状態にあるといえます。

そして、思考はやや独善的になります。

行動している自分はすごい、かっこいい、正しい、何もしていない奴より偉い…

何かに向かって行動している時、なぜか排他的になり、周りが見えなくなっていたという経験は誰しも一度はあるはずです。

それらをクールダウンさせるため、自分の行動をいちど俯瞰で眺め、それが何であるかを再確認する時間は必要不可欠でしょう。

その時間が、「やらない」あるいは「やめる」ことです。

「やらない」の効果は驚くほど絶大です。

それだけ人は、行動の最中に自分自身が見えていないと言うことでしょう。

ライブをしょっちゅうやっていた時よりも、全くやらなくなってからの方がライブや演奏について深く理解できるようになったし、毎日小説を書いていた時よりも、書くのをやめてからの方が小説についての理解が深まりました。

また、筋トレやストレッチなども毎日やっていたのですが、一度試しに全部やめてみると、どの種目が自分に必要だったのか、どれぐらいの負荷が必要なのかが細かくわかるようになってきました。

そういった経験から、しばらく続けたものをあえていちどやめてみるという「行動」が自分の認識さらに深め、レベルアップにつながるということがわかってきました。

とは言え、あえてやめるという行動は、様々な危険性もともなっています。

日本社会では、継続が盲目的に賞賛され、何かをやめた人は負け犬というレッテルを貼られ、辞めた時点で社会的に抹殺される傾向があるからです。

それが怖くてダラダラと活動を続けているという人も多いのではないでしょうか? 

またそういった社会的評価を抜きにしても、単純にやめる事はだめなこと、やめたら負け、と盲信している人も多いはずです。

いずれにせよ、やめたいと「考える」より、やめるという「行動」をとってみるべきだとぼくは思います。

その「行動」の先に必ず見えてくるものがあるはずです。

ただし、あえてやめることが効果を発揮するのは、とことんやった後です。

ちょっとやってすぐやめても何の意味もありません。

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