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ギター教室 横浜 八幡謙介ギター教室講師のブログ

ギター講師八幡謙介のギター、音楽感をつづるブログ

何をやっているかではなく、何が伝わってくるかを観ると芸術は様相を一変させる

音楽がちょっと分かってくると、つい「何をやっているのか」を聞いてしまいます。

各楽器がどういうフレーズを弾いているのか、フォームや弾き方はどうか、ミックスで楽器をどう配置しているのか、エフェクトはどうかかっているのか、音圧は十分か、などなど。

確かに、そういう聴き方もありでしょう。

しかし、それだけだと技術の評価に終始してしまいます。

もちろん、それでよければいいのかもしれませんが、その奥にある何かを探求していくと、音楽や芸術の様相は一変します。

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例えば、SNSでよく演奏動画が流れてきます。

ギター一本でこんな演奏をしてみましたとか、○歳なのにこんなに上手ですとか、和楽器でこんな曲を弾いてみましたとか…。

それらは概ね「何をやっているか」です。

例えば、「ギター一本」で「メロディ、ベース、コード、パーカッションを全て弾いている」という現象があり、それが難易度の高いことだから「凄い!」となるのでしょう。

もちろんその凄さは分かります。

しかしそれはそれ、技術の凄さはよく分かりました。

では芸術として何が伝わってくるのか感じようとしたとき、結局最後まで何も伝わってこないということがほとんどです。

いや、何も伝わってこないというのはちょっと違います。

「俺凄いだろ?」「この組み合わせ、意外だろ?」「この楽器でこんな楽曲を弾くなんてナイスアイデアでしょ?だから”いいね”して!」という思いが伝わってき、それ以上、その奥には何も感じません。

だから僕は、そういった動画に感動したことがありません(感心はしますが)。

 

もちろん、技術やアイデアに感動するのも自由です。

しかし、技術の高さやアイデアの奇抜さをスルーし、その奥にあるものを掴み取ろうとしたとき、それらの価値はまた変わってくるよ、という話です。

動画や音楽だけではなく、芸術全般やサブカルなども含めて。

 

自分がどういう感性で芸術(漫画とかイラストでもいいです)を観賞しているのか分からないという人は、好きな作品のいいところを一度書きだしてみましょう。

そこに書かれていることがあなたの感性そのものです。 

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