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ギター教室 横浜 八幡謙介ギター教室講師のブログ

ギター講師八幡謙介のギター、音楽感をつづるブログ

日本ではいまだに「○○風」のスタイルが受けるのは、徒弟制度の名残なのか?

日本ではいまだに、完全なオリジナルよりも「○○風」の方が受けます。

観客側もそうですし、売り出す側もそちらの方が売りやすいようです。

なんでかなーと考えていると、もしかしたら徒弟制度の名残なんじゃないかという考えにたどりつきました。

 

徒弟制度の特徴として、「誰々さんとこのお弟子さん」という売り出し方があります。

その師匠が高名であったり、業界の地位が高いほど、弟子も最初から一目置かれます。

また、芸事であれば観客も最初から安心して観に来てくれます。

この「安心」は、『あそこのお弟子さんならきちんとしているだろう』というのと、もう一つ、既に自分がその芸風を知っているというのがあります。

日本人は、この後者を求める傾向が強いように思えます。

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例えば、本当に師事したわけではないけれど「○○風」の演奏をするギタリストは多いです。

SRV風、イングヴェイ風、スラッシュ風……

そういった演奏を耳にしたとき、日本人は『ああこの人はSRVさんとこのお弟子さんや』と、妙な安心感を覚えます。

それは、SRV師匠のスタイルなら自分もよく知っているという安心感です。

そして、自分も尊敬している師匠のスタイルを踏襲した(架空の)お弟子さんであるということに連帯感を覚えます。

 

一方、見たことも聞いたこともないスタイルの人が現れたらどうでしょう?

師匠筋もわからない、似たスタイルも見当たらない。

そういったオリジナルなものに、日本人はまず不安を覚えます。

そして、どこかの師匠が褒めるまでひとまず保留にします。

やがて権威のある人がそのアーティストを褒めると、『○○師匠が認めている』と安心し、自分も認めるようになりますが、中にはいつまで経っても認めない人もいます。

最近だとBABYMETALがそうです。

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徒弟制度が社会からなくなって久しいですが、やはり日本人の心――特に観客側――にはまだまだ根強く残っているのでしょう。

音楽を聞いたとき、誰々風のスタイルであることに安心を覚え、そのことで興味を持ってファンになるという人は、自分の中に徒弟制度への郷愁(?)が残っていることを自覚した方がいいです。

もちろん、それでいい人はそれでいいんですが、オリジナルを目指す人は、そういった考えを改めていくべきでしょう。

演奏に「○○風」がちょっとでも見えた時点で嫌悪感を覚えるようになればひとまずOKです。

 

もちろん、徒弟制度が必要な場合もあるでしょうが、すくなくともロックやジャズ、ポップスなどでは不要だと僕は思います。

ましてや、観客が徒弟制度を基準にしていると、オリジナルが生まれにくい土壌がはぐくまれてしまいます。

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