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ギター教室 横浜 八幡謙介ギター教室講師のブログ

ギター講師八幡謙介のギター、音楽感をつづるブログ

認識がぐらつくのは本物を知らないから 本物を知ることで基準ができる

創作やパフォーマンスを続けていると、いずれ認識がぐらつくときが来ます。

自分が正しいと思っていたことがもしかしたら間違っていたのではないか?

自分がやってきたことは、価値のないことかもしれない…

自分自身でそう思うこともあるし、誰かにそう思わせられることもあります。

また、ネットからそういう声が聞こえてくることもあるでしょう。

そうした声がきっかけで認識が危機にさらされることは、成長のきっかけともなり得るので決して悪いことではないのですが、 なんでも鵜呑みにするのは危険です。

かといって、全ての意見者と腹を割って話すことも難しい。

ではどうすればいいかというと、自分の中に基準を作っておけばいいのです。

そのためには、本物を知ることです。

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とはいえ、本物に出会える確率は相当低いです。

また、本物を判別するのも自分ですから、自分の程度が低いと、つまらないものを本物だと勘違いしてしまいます。

そして、自分が成長したとき「あの人は本物じゃなかったな」と価値感を改めることもあります。

僕自身「この人は本物だ」と感じた人はたくさんいましたが、今でも基準としている人はせいぜい三人ぐらいでしょうか。

あとは、直接出会って話してはいないけど、「本物」といえるステージを観たのがやはり三回ぐらい、文学作品ならもう少し多いかもしれません。

他は自分の成長に従って脱落していきました。

有名無名はもちろん関係ありません。

 

そうして残っているものは、自分の中に基準をつくってくれます。

例えばジャズ。

「ラプソディ・イン・アムルテルダム」という小説にも登場させましたが、アムステルダム時代に出会って黒人のおじいさんがいます。

彼は今でも僕の心の中に残っている本物です。

彼よりもすごい演奏をするプレイヤーは今でも観たことがありませんし、彼のようにヒリヒリした雰囲気を持ったジャズミュージシャンにも出会ったことがありません。

そんな人が「ケン、お前のフィールいいな!どこで覚えたんだ?」と言ってくれたことは今でも忘れられません。

その後も目をかけてもらい、仕事をもらったり、色々と教えてもらいました。

昔の黒人ミュージシャンなので、気まぐれだし、ちょっとずるいし、別れもそっけなかったですがw

ジャズをやるときは、その”本物”にいいと言われたフィールを一番大事にしています。

これが僕のジャズの基準です。

で、日本でそれをやると全く評価されないんですが、それでも自分のやり方を変える気はありません。

なぜなら、あの本物に勝る人はどこにもいないからです。

 

本物を知っていると、多少名が知られた人にちょっと批判された程度で認識はぐらつきません。

ましてや、匿名の中傷など論外です。

あるいは、そうした意見に負けそうになっても、最後の最後でふんばることができます。

それは、自分の中に基準があるからです。

 

ただ、そうした本物に出会える確率は本当に少ないので、最低でも10年はかけてあちこち出歩く必要があるでしょう。

しかもその中の9割は、記憶にすら残らない無駄足となります。

そこまでしてでも本物に出会う価値はあります。

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