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曲を最後まで弾くことがそんなに大事だと思えなくなってきた

少し前まで、曲を演奏する際、最初から最後まで止まらずに弾くことが大事だと思っていました。

本番を想定すると当然そういう考え方になりますし、特に疑いようのない概念です。

が、

最近はそうでもないのではないかと思うようになってきました。

 

人はずるいもので、目的を設定すると、すぐに甘えを持ち始めます。

「最初から最後まできちんと弾く」という目的は、すぐに「最初から最後まで弾ければOK」となります。

そして、だんだんとその中身をおろそかにしていきます。

 

また、最後まで止まらずに弾くことが目的となっていると、途中で何か違和感を感じてもそれを無視して進めなくてはなりません。

そんなことを繰り返していると、だんだんとその違和感に鈍感になっていきます。

そういった違和感に捕らわれていると、ミスも増えていきますからね。

違和感を無視して、機械的に演奏を進め、「ミスをしない人」という印象を与えた方が、ミュージシャンとしての自分の評価も上がります。

そうして、ただただ上手に曲を最後まで演奏し、次、次と機械的にこなしていくカラオケプレイヤーになっていきます。

そういったカラオケプレイヤー、機械的なプレイヤーになりたくなければ、違和感に敏感になる必要があります。

例えば、相手のイントロがなんか入りにくいとか、演奏中無視されている感じがするとか、強引すぎるとか、逆にこちらの機嫌を伺いすぎているとか……。

例えば、会話をしていて、相手があまりにも興味なさそうにしていたら話を止めて「興味ない?」とか訊きますよね?

あるいは失礼な態度だったら、やはり話を止めて「失礼だろ」と注意するはずです。

相手に何をされても、どんな空気でも、ずっと同じ調子で話を続けている人は人として感性がおかしいです。

演奏もそれと同じはずなのですが、なぜか楽器の演奏では何が起こっても(共演者がどんな態度でも)最後までやることがいいとされます。

それって感性が鈍い証拠ではないかと最近は思えるようになりました。

(もちろん、ライブは途中で止められませんが)

そして、相手を繊細に感じながら演奏を始めると、なかなか最後までたどりつけません。

しかし、こういったやり方で、違和感なく曲が進んでいくと、本当に心地いい至福の時間となります。

そして、それが感じられるようになると、余計に段取りの演奏に違和感を覚えます。

それは、自分が演奏するときもそうですし、人の演奏を聞くときも同じです。

 

誰と何をやっても、誰の演奏を聞いても「気持ちいい」「素晴らしい」と言う人は、感性が鈍っている証拠です。

あるいは、音楽に人間を感じていない。

 

人はもっと繊細な生き物です。

電車で隣に座っている人を不審に感じたら席を立つでしょう。

話しかけて来た人にちょっとでも違和感を感じたら警戒しますよね?

人は人に、自然に反応します。

その反応が、音楽になったとたんなぜ消えてしまうのか(消してしまうのか?)。

それは、「最後まで演奏する」という段取りを優先しているからです。

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