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ギター教室 横浜 八幡謙介ギター教室講師のブログ

ギター講師八幡謙介のギター、音楽感をつづるブログ

記号の羅列では人は動かない、という意味で演奏も告知も同じ

ミュージシャンからのうざい告知を愚痴っていると、ふと思うことがありました。

演奏も告知も、

・記号を扱う

・人間を動かす(感動させる)

という点で同じです。

 

演奏は、コードやスケールなどの記号を扱い、それらを巧みに演奏して人を感動させたりダンスさせたりするものです。

告知は、何月何日何時にどこそこで、という記号(情報)を伝え、人をその時間にそこへと集めることが目的です。

どちらも人を○○させるという点で共通しています。

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では、その記号さえ巧みに扱えていたら人は感動するのか、人は動いてくれるのかというと、そんなことはありません。

上手いだけの演奏がつまらなかったり、何の気持ちもこもっていない告知が来てもそこには行かないことを誰しも経験しているはずです。

だから、ミュージシャンは人を感動させるために記号の奥にある何かで人の心を動かそうと苦心し、広告代理店はただの記号の羅列にならないよう必死で告知企画を練るのです。

 

記号の羅列で人は感動しない、動かないということを知っている人は、演奏も告知もただ垂れ流すようなことはしないでしょう。

逆に、記号さえ上手に扱えていれば、記号さえはっきり提示しておけば、と考える人は、人間を無視している証拠です。

そして、人間を無視した行為には、人間は感心を示しません。

自分と関係ないことですからね。

 

もちろん、告知などは個人で活動している場合限界もあったり、どうしてもマンネリになってしまいますが、少なくともその告知を受けた相手がどう感じるかぐらいは考えて行うべきでしょう。

僕も相手を考えない告知を半ば意図的にやったことがありますが、見事に失敗しましたw

演奏も告知も、対人間なんですよねえ…

そこを忘れると、まず結果は出ないでしょう。

逆に、結果が出なくて悩んでいる人は、人間に焦点を当てると何かが違ってくるはずです。

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