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何をどれぐらいやればいいのか、と訊く人は練習に対するイメージを単純化しすぎている

目標とする技術や技能を習得するにあたって、何をどれだけやればいいかを詳しく訊いてくる人がいます。

まあ、レッスンなら当然かもしれませんが、そういう人を見るとちょっと残念に思います。

 

何をやるか。

これはまあいいでしょう。

しかし、どれくらいやればいいかを訊いてくる人は、先に終わりを想定してしまっています。

これをこれだけやれば必要な技術が習得できて、そのための練習はそこで終わり、以後は安定的にその技術を用いることができる……

こんな単純なことは実際にはありません。

技術の習得は、できたと思ったらできていなくて、できないと思っていたら意外とできてきたり、その連続です。

しかも、こと芸術においては認識や審美眼が変わることで技術の意義や必要性が180度変化します。

自分の認識が変わることで今まで出来ていたと思っていたこと、正しいと思っていたことが、実は何もできていなかった、全然正しくなかったと感じることもあります。

また、あるジャンルにおいて正しい、美しいとされるピッキングが、別のジャンルでは間違いであり、気持ち悪いとされることは普通にあります。

そういったこと(自分の認識の将来的な変遷)を考えると、これをこれだけやったら終わり、はないということが分かるはずです。

 

ではどうすればいいかというと、これをこれだけやったら終わりと考えるのではなく、とりあえずあそこまで行く、と考えてみましょう。

例えば、何らかの教則本を最後までやったら終わりではなく、”とりあえず”最後までやってみる、で、そこから新たに見えることをまたやる。

まあ、しんどい考え方ですが、そんなもんですw

それにうんざりする人は、芸事とかはやめといた方がいいです。

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