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人は強制されなければ成長(上達)しない

タイトルからして反感買いそうですが。

 

人は強制されなければ成長はしません。

この場合の”成長”には、楽器や何かの”上達”も含みます。

何かの初心者も、中級者も、上級者も、一流でもそうです。

まず、人がどう成長するのかを考えてみましょう。

単純に説明すると、知らないことを知ったとき、できないことができるようになったとき、人は成長します。

ここで必要なのが、知らないことを知ろうとする、できないことをやろうとする行為です。

そして、知らない→知った、できない→できた、となったときに成長したということです。

当然、これは苦痛を伴います。

しかし、何かをはじめた当初は情熱や希望に溢れているので、何時間勉強したり練習したりしても苦にならないでしょう。

また、そうした勉強や練習を、誰に強制されなくてもやっているはずです。

 

そうしてある程度成長し、楽器ならそこそこ弾けるようになりバンド活動などをしていくうちに、ほとんどの人はどこかで成長(上達)が止まってしまいます。

その時期は、まず間違いなく知らないこと、できないことを学ぶのをやめているはずです。

自分が今までに獲得した知識や技術だけで活動を回せているので、新しい何かを吸収する必要がなくなったからでしょう。

 

ある程度なんでも知って、ある程度弾けていると、人は絶対に怠けてしまいます。

今でも十分音楽活動を楽しめているのに、なぜわざわざ苦しいことをしなくてはならないのか?

プロになるため?いやいや、プロでも下手な人もいるし、技術だけが音楽じゃないし……

そうしてそこそこの知識、そこそこの技術で成長が完全に止まってしまった人は、星の数ほど存在します。

そこで終わってしまわないために必要なのが、新たな強制です。

 

強制というともう反射的にガードしてしまう人や、攻撃に出る人が大勢いると思いますが、一度強制のいいところを考えてみるのも悪くないと思います。

強制のいいところは、自分では気づかないこと、考えもしなかったこと、できなかった(やろうともしなかった)こと、好きじゃない(と思い込んで敬遠していた)ことなどに触れる機会が得られることです。

ざっくり言うと、あらゆる面で”自分”から一歩外に出る機会が訪れます。

そうして、自分にはない(自分からは掴みにいかない)情報を無理矢理にでも吸収することにより、人は成長します。

音楽なら、なんとなく敬遠していたジャンルの曲を課題として出され、嫌々でもそれを練習する、といったことが自分のプレイの幅を広げることにつながっていきます。

そういったことは、強制されなければできません。

また、何かを強制する立場の人は、必ず自分よりも上なので、自分が見えないことが見えています。

例えば、そのフォームで今は弾けても、30過ぎると故障するよ、とか、先日の記事で述べたように、今好きなアーティストは近い将来必ずそうでもなくなるとか……。

おおよその場合、そうした高い見地に基づいて、指導的立場の人間はあなたのためになる強制をします(まあそうでない場合もありますが)。

それをちょっと嫌でも受け入れてみるか、それとも自分のやりたいことだけをやっていくか、どちらが成長の要員となるかは言うまでもないでしょう。

 

私見ですが、それぞれの分野で高い地位にいる人ほど、自分の専門分野と違う何かを学ぶ際、自分を出さず、謙虚に学ぶ人が多いような気がします。

それは、自分を出さずに相手の言う通りにすることで、自分にない考えや技術を吸収できるようになる、ということを熟知しているからだと僕は思います。

 

では、あえて強制されるとして、その先生が有能でなかったとしたら?

結局それも強制されてみないと有能か無能かは分かりません。

ある人は無能だと評しているとしても、自分には有能かもしれませんしね。

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