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客観性=他人の意見ではない アーティストと客観的視点について

何かを創ったりパフォーマンスしたりする際、客観的視点は必要不可欠です。

客観的視点がなければ、作品もパフォーマンスも自己満足となり、お金を取れるレベルまで昇華されることはないでしょう。

と、そう考えて、他人の意見を採用しまくって作品がめちゃくちゃになったり、あるいは、意見が多すぎてパフォーマンスが統一できなくなってしまったという経験は、アーティストやクリエイターなら一度はあるはずです。

また、他人の意見が本当に信用できるのか、採用するべき意見なのか分からないという問題もあります(特にネットで意見を募った場合)。

 

こういった混乱の原因は全て、客観的意見=他人の意見、客観性=自分以外の何かという誤った考え方に由来します。

そもそも、僕は客観的意見=他人の意見であるとは考えません。

というのは、明らかにその人の主観で言っているだけという場合があるからです。

これは、自分以外の誰かの主観というだけで、客観的意見とは呼べません。

客観的意見とは、客観性のある意見のことです。

客観性さえあれば、それを言ったのが誰であろうが構いません。

その道の素人でも、大人でも子供でも、そして自分でもいいのです。

 

普通に考えると、他人の中から信用できる人を選び、その人の意見を客観的意見とすればいいように思われますが、それもそれなりに危険をはらんでいます。

というのは、人はそれほど他人のことを思いやれないからです。

また、人間関係は常に政治が絡んでいますから、他人へのアドヴァイスもどこか必ず自分に有利なこと、あるいは自分に害が及ばないことを選んで口にしてしまいます。

一方、他人に相談する自分も、心のどこかで、失敗したときに責任転嫁する対象を探していると言えなくもないです。

自分の創作やパフォーマンスに他人を巻き込むと、そういっためんどうが必ずついてまわってきます。

ではどうすればいいかというと、自分の中に客観的視点を作る努力をすればいいのです。

もちろん、それはかなり難しいことですし、下手をすれば全て自分の都合のいい解釈になり、自己満足的表現に終始してしまう危険性があります。

しかし、僕自身あれこれやってきた結論として、他人の意見を客観的意見とし、それに振り回されるよりも、自分の中の客観性を鍛え、それに従って何かをした方が、得るものは大きいと断言できます。

仮にそれで失敗したとしても自己責任だから立ち直りも早いですし、自分で考えた結果なので、後で修正もしやすいです。

他人の意見を聞いて失敗した場合、どこか納得できず、下手をすればその相手に当たってしまったり、いざこざに発展することもあります。

また、失敗の責任をその人になすりつけてしまい、反省も成長もできないということも起こりえます。

 

ですから、むやみに他人の意見を尊重するよりも、自分の中の客観性を鍛え、成長させていく方が、有意義であると言えるでしょう。

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