音楽における「何でも屋」になることは本当に有益か?

音楽の世界では、一昔前までは分業が当たり前でした。

ミュージシャンは演奏し、歌い、作曲家は作曲し、アレンジャーはアレンジをし、エンジニアは録音し、ミックスをする。

作曲をし、自ら歌う「シンガーソングライター」も、20年ぐらい前はまだめずらしい存在でした。

今はいちギタリストでも、作曲、アレンジ、DTMでのオケ制作にミックスまでできて当たり前、それぐらい自分でできないと仕事ができないとも言われます。

が、本当にそうなんでしょうか?

僕は「何でも屋」はあまりおすすめしません。

なぜなら、どうしたってその道の専門家には勝てないからです。

ギタリストのミックスがプロのエンジニアに敵うわけないし、作曲はともかく、アレンジなどもやはり職人的な作業となるので、それ専門にやる人にはおよばないでしょう。

また、ひとつの楽器を習得するだけでも大変なのに、貴重な時間を他のものに費やしてしまうと、結局メインの楽器までおろそかになりかねません。

その結果、自分の楽器の演奏も含む全てにおいて、専門家には一段も二段も劣る存在になってしまいます。

それなら、作戦として自分の武器をひとつに搾って、それを徹底的に磨くことに専念した方がいいと僕は思います。

これは自分自身の経験からも言えることです。

 

僕はある時期から、全ての音楽活動をギターレッスンと教則本の執筆に特化してきました。

ギターの練習は、演奏のためではなく、より合理的な奏法やリラックスしたフォームの研究のために行ってき、そこで得られた発見をレッスンや本にフィードバックするということをもう何年も続けています。

それ以外の音楽活動や音楽の勉強、練習などは一切していません。

その結果、ギター講師としてそこそこ認知されるようになってきました。

これは明らかに「何でも屋」をやめたことが原因だと言えるでしょう。

音楽界の常識に流されて、あれもこれもと手を広げていたら、人が読んではっとするような内容、試してすぐ効果が出るような練習法などは発見できなかったでしょう。

もちろん、「何でも屋」でやっていける人もいるでしょう。

しかし、確率的には低いと思います。

それよりも、まず自分の楽器をしっかりと習得し、その上で自分にしかない武器を磨くべきだと僕は思います。

とはいえ、それを発見するのもまた困難なことではありますが。

【広告】.

 

読まれている記事

k-yahata.hatenablog.com

k-yahata.hatenablog.com

k-yahata.hatenablog.com

k-yahata.hatenablog.com

k-yahata.hatenablog.com

 

【広告】