アドリブで「人間を無視している」ことについて、追記

先日も記事にしましたが、僕は、僕(という人間)を無視している人とは一緒に演奏できません。

これについてもうちょっと詳しく書いてみたいと思います。

ちなみに、先日の記事はこちら。

k-yahata.hatenablog.com

まずこの「無視」ですが、これは別に「普段しゃべってくれない」ということではありません。

態度がそっけないとか、きついとかいうことでもありません。

楽器の演奏を通じて、『ああ、この人僕のこと聴いてくれてないな、一緒にやってる感じがしないな』と感じる現象です。

先日の記事と重複しますが、こういう人は、得てして上手いですし、演奏でお金を稼いでいる人たちです。

また、彼らは僕が発する記号はちゃんと聴いています。

アウトしたら即座にヴォイシングで反応してくるし、タイムも合わせようとしてくれます。

が、僕という人間については無関心に見えます。

恐らくそれを言うと、「いや、そんなことはない」と返ってくるでしょう。

しかし、僕自身がどうしても無視されているという感じを受けてしまうのです。

これについては相当実験したり、稽古したので、思い込みとか被害妄想ではありません。

繰り返しますが、音楽としては成立しているし、リズムやヴォイシングなども、かなりの瞬発力で反応が返ってきます。

しかし、それらがとても寒々しいのです。

例えるなら、こちらが一生懸命話しているのに、「はいはい、こうでしょ……」とめんどくさそうに返されるような感じです。

会話として、話はかみ合っているし進んでいるけど、寒々しい、聴いてくれていない感じがする、といった印象を持ったことは誰しも一度はあるはずです。

そういったとき、「もうこいつとは話したくないな」と思うはずです。

しかし、現代日本のジャズは、人間を無視することを基本として成立しています。

でなければ、連日、知らないミュージシャンとほぼ初見の楽曲を演奏できないからです。

人間を無視し、記号だけ合わせてそれを「音楽」としているものに誰も関心を示さないことは当たり前です(そこらへんは拙著「ジャズに人が集まらない理由」で詳しく分析しています)。

また、さらに怖いのは、観客から見て「それぞれが無視しあっているように見える」ということです。

これもやっている当人たちは「そんなことはない」「インタープレイしている」と反論されるでしょうし、ジャズお得意の「レベルが低いから聴き方、見方がまだ分かっていない」という逆ギレに発展していくことでしょう。

しかし、観客には全て見えています。

ただ、それを的確に言語化する能力がないだけです(もちろんそんな能力必要ありませんが)。

だから「なんかつまんない」で終わり、です。

その「なんか」の中に、「記号は合っているのに人間同士が無視しあっている」が含まれていると僕は考えます。

その証拠に、演奏は下手でも一生懸命やっている人たちに観客は集まりますからね。

 

僕は、アドリブで「人に聴かせられるレベル」があるとすれば、最低限の演奏力+人間同士の関わりが他者に見える、というのが条件になると考えます。

演奏力がいくら高くても、人間同士が無視しあっていれば、それは人に聴かせる音楽ではありません。

もちろん、それは、「俺たちは無視しあっていない」という幻想を持つことではなく、観客から見て無視しあっていない、きちんと関わりあっている、熱のある人間がステージにいる、と見えることです。

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