音楽における確かなものはあまり信用しない方がいい

楽器を真剣に学びはじめると、人は音楽に確かなものを求めてしまいます。

それを指針にし、正しい認識でもって練習したり活動していきたいからです。

しかし、音楽において「確かなもの」を求めすぎると、逆効果になってしまうことが多々あります。

一番わかりやすいところでいうと、タイムです。

タイムは、コンピュータで演算すればミリセカンド(1/1000秒)単位で算出できます。

しかし、ミリセカンド単位で「確かな」演奏は、もはや音楽とは呼べないものになってしまいます。

また、日本人が大好きなミスについても同じです(僕があえて「大好き」というのは、日本人はやたらとミスを指摘するのが好きだからです)。

ミスが全くない確かな演奏が音楽的に価値が高いかというと、おおかたそうではありません。

もちろん、ミスばかりしていると悪目立ちしてしまい、全体にも影響を及ぼしますが、ほんのちょっと音程がズレている部分があるとか、ギターならチョーキングで一瞬ノイズが出てしまったとか、そういうことが逆に音楽的価値を高めることも多々あります。

 

若いうちは、まだ価値感が未熟なので、つい正確でミスのない確かな演奏を評価してしまい、プレイヤーはそこを目指してしまいがちですが、その結果つまらない演奏になっていることがよくあります。

とはいえ、自分の価値感がいつまでも「確かなもの」で留まっている場合は、自分がつまらない演奏になっていることにも気づけないのですが……

 

とにかく、音楽においてはタイムやミスなど、誰にでもわかる確かな価値感は疑ってかかるべきです。

でないと、いつまでたっても「上手ですね」から先には進めなくなってしまいますよ。

まあ、「上手」と言われることに価値を見出す人はそれでいいんでしょうが……

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